『朝日新聞』社説 2007年4月7日付

国民投票法―与党だけで押し切るな


憲法改正の是非を問う国民投票をどのような形で行うか――。そのやり方を定める国民投票法案をめぐって、与野党の対決ムードが高まってきた。

安倍首相は、憲法改正を自分の内閣で政治日程に乗せると明言している。今年1月には、7月の参院選挙で争点として国民の判断を問う考えまで示し、意欲をみなぎらせた。

国民投票法はその機運を盛り上げるための欠かせない一里塚であり、この国会でなんとしても成立させる最重要法案という位置づけだ。与党単独でも衆院で採決する構えを見せている。

法案の成立が政権の参院選対策の柱になるとしたら、野党が身構えるのは当然のことだ。政権側が意気込めば意気込むほど、この法案の審議は憲法改正そのものへの賛否と密接に絡み合ってしまう。

この問題では与党の自民、公明両党と野党第1党の民主党が、2年前から議論を重ねてきた。憲法改正が政治争点化する前の静かな環境の中で、公正中立なルールを作ろうという発想だった。

安倍政権の短兵急な姿勢はこの流れをひっくり返すものだ。

国民投票法案は、単なる手続き法ではない。国のおおもとを定める憲法を変えるかどうか、その時に民意をどう問うかという極めて重要な法律だ。憲法改正と同じように幅広い合意をもとにつくるべきである。多数を握る政権が、目前の選挙への思惑などから突っ走っていい課題ではないはずだ。

憲法施行60年になるが、国民投票のやり方を定める法律はつくられなかった。それ自体が改憲への道を開く、とする護憲の世論が強かったからである。今回その法案づくりの話が進んだのは、憲法をめぐる世論が多様化していることを反映したものだろう。

手続き法がないという不備はいずれ埋める必要はあるし、民意をどうはかるかという冷静な議論が衆院憲法調査特別委員会などで繰り広げられたのは意味のあることだった。

自民党にすれば、すでに時間をかけて議論し、民主党案も一部とり入れて譲歩もしたということだろう。だが、露骨に選挙を絡めた首相のやり方は、そうした積み上げを台無しにしかねない。

民主党にも、参院選に向けて対決を演出する材料にしたいとの計算が働く。党利党略がぶつかる不幸な展開だ。

国民投票法案の中身には、何をもって過半数とするのか、最低投票率の規定を設けるかどうかなど、まだまだ議論すべきことがある。

国民の関心自体も決して高くない。どれだけの人がこの法案について具体的な知識を持っているか、はなはだ怪しいものがある。

このまま、与党だけで見切り発車するとなると、憲法をめぐる今後の議論に大きな禍根を残すことになる。冷静な環境のもとで、じっくり審議すべきだ。