『毎日新聞』山口版2007年3月15日付

新教育の森:九州・西中国 北九州大が専門職大学院設置へ


◇市内4大学連携で九大に対抗−−地元の知恵で地元の人材育成

05年に公立大学法人化した北九州市立大(北九州市)が、来月開校する地域密着型の専門職大学院(ビジネススクール)と、市内の大学間連携を武器に、九州大学界の雄・九州大(福岡市)への対抗を強めている。隣県の大学との連携も視野に、少子化による大学全入時代をしたたかに乗り切る構えだ。【千代崎聖史】

「どの大学のビジネススクールも、学生同士のネットワークが財産。でも北九大は、教員スタッフがみな地域をリードする人たち。この人脈があれば、北九州を大手を振って歩いていける」

昨年12月、JR小倉駅前にあるビル会議室。来月から授業を始める専門職大学院(ビジネススクール)の第1回説明会で、研究科長に就任する斎藤貞之経済学部教授は、スーツ姿のビジネスマンら約100人を前にこう熱弁を振るった。

専門職大学院は、研究者の養成を目指す一般の大学院とは異なり、高い専門性を持った職業人の養成が目的で、全国に149校(来年度開校の9校を含む)。このうち、経営学修士(MBA)や技術経営修士(MOT)の学位取得を目指すビジネススクールは、法科大学院(ロースクール)の74校に次ぎ29校もあり、人気を呼んでいる。ただ、北九大でも誕生すれば、九州では九大に次いで2校目、公立大では全国初となる。

「仕掛け人」ともいうべき斎藤教授が話す。「他大と異なるのは、教員もカリキュラムも、公立大の特性の地域性を最大限に活かした点。北九州には環境分野に代表される知や技術の蓄積がある。歴史的にもビジネス領域でも中国との関わりが深い。そのため、九大のようにアジア、北米をターゲットにするのではなく、中国市場と地域の中小企業・公的セクターの人材育成に絞った。その結果、地域の産官学の最先端が結集した」

きっかけは7、8年前。ビジネススクールの前身の大学院経営学研究科に入ってくる日本人学生に違和感を覚えた。学位を取れば、税理士や公認会計士の試験で科目が一部免除される。明確な資格志向の一方で、高度な専門領域は身に付けたいというニーズ。こうした事情を背景に4年前、ビジネススクールの構想が生まれた。

斎藤教授は「欠員が出るたび、実務家教員に適した職業経歴のある人材の採用を進めてきた」と戦略性を強調する。実際、45人の教員陣には、ゼンリン、TOTO、安川電機など北九州の代表的企業の出身者や市幹部、NPO北九州ホームレス支援機構代表など多彩な顔ぶれがそろった。研究科目にも、「中国企業論」「中国の産業と技術」「中国ビジネス」など急成長する市場への強い意識がうかがえる。

実は、矢田俊文学長には苦い思い出がある。4年前のことだ。九大は旧帝大としては唯一、ビジネススクールを設置した。当時、準備室長として奔走したのが矢田学長だった。「九大の看板と東京の大企業の重役を連れてきて、一橋大、慶応大を意識した。でも、役立ってるという手応えがなかった。全国区だと力んでみても、やっぱり地方区。地元の知恵で地元の人材を育てようとコンセプトを変えた」

30人の募集人員に出願は75人。順調な船出にもみえるが、首都圏では設立ラッシュのピークは過ぎ、「定員が埋まっているところもそうでないところもある」(文部科学省専門教育課)という淘汰に向けた状態だ。成否のカギを握るのは、同様にビジネススクール(専門職大学院以外も含む)を抱え、学生マーケットを共有する大学との棲み分けだ。九大、立命館アジア太平洋大(大分県別府市)、さらに、山口大(山口市)は今年度からJR小倉駅前に北九州教室を構えた。

そこで、もうひとつの生き残り戦略が、北九州地区の九州工業大(戸畑区)、産業医科大(八幡西区)、九州歯科大(小倉北区)との4大学連携だ。

矢田学長が言う。「4大学とも、いわば『税金立』。財源が違うから合併は無理でも、持ち味が違う利点を活かせば、共同授業やコストダウンも図れる。断トツの学術集積を誇る九大に対抗するにはこれしかない」

4大学合わせた学部数は9で、九大の11とほぼきっ抗する。理論上は、薬学部と農学部などを除けば同じものがそろう計算だ。けん引役の九工大の下村輝夫学長も「色々と制約もあるが、今後も市民の期待に応えたい」と前向きだ。

仕上げは、下関市立大(山口県下関市)との連携だ。関門海峡を挟んで隣り合う北九州と下関地区には、大学間連携の組織「関門地域キャンパスネットワーク」がある。ほとんど稼働実態はないが、下関市立大が法人化される4月以降は、2つの大学の動きが先行して加速する可能性もある。九大の対抗軸を目指す北九大の改革は、まだ始まったばかりだ。

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 ◇メモ

 ■専門職大学院

 改正学校教育法に基づき、03年春にスタートした。一般の大学院修士課程と比較すると、(1)研究指導や修士論文審査を必須としない(2)専任教員の3割(法科大学院は2割)以上を実務家教員とする(3)5年に1回の継続的な第三者評価を義務付け(4)修士や博士とは異なる専門職学位ーーなどの点が大きく異なる。ジャンルは、ビジネスや法務のほか、会計や公共政策、臨床心理など多岐にわたる。北九大を除くビジネススクール28校の内訳は▽国立12校▽私立13校▽株式会社立3校。

 ■関門地域キャンパスネットワーク

 正式名称は北九州・下関高等教育機関会議。北九州、下関両地域の計23大学(短大、大学院含む)、高等専門学校、各省所管大学校が教育研究の両分野で相互に連携・交流することを目指す。01年に発足したが、共同PRのパンフレット、ホームページ製作を除けば、具体的な共同事業のスタートには至っていない。