『毎日新聞』2007年3月11日付

クローズアップ2007:教育3法、改正答申 地方・国、深い溝


◇子の未来、議論30時間−−迷走、玉虫色

いじめ自殺や高校の履修単位不足を受け、安倍政権が最重要課題に掲げる「教育再生」。それを具現化する教育3法の改正について中央教育審議会が10日、答申した。わずか1カ月の審議だったが、その過程では、教育委員会制度に対する国の権限強化の思惑に地方側が猛反発、議論は迷走した。中教審は結局、答申を急がせた政府に対し、賛否の「両論併記」という玉虫色の内容で応える形となった。【高山純二、竹島一登】

「地方分権の時代に逆行する」(中村正彦・東京都教育長)

「文部科学省の権限強化で、焼け太りとしか言いようがない」(石井正弘・岡山県知事)

答申をまとめるまで中教審の審議時間はヒアリングや総会を含め、約30時間。委員から批判が続出し、最も時間がかかったテーマが、教育委員会への国の関与のあり方だった。

文科省は99年の地方分権一括法で廃止された国による都道府県教育長の任命承認権について、事実上の復活を明記した骨子案を提示。しかし、委員だけでなく、全国知事会など地方団体から猛反発が起き、答申では「これを採らないことが適当だ」とした。

伊吹文明文科相による教委への勧告・指示権の新設は議論がまとまらなかった。結局、答申には「何らかの措置(指示等)を行えるようにする必要がある」「(地方自治法に基づく)是正の要求を行った事例がないのに、より強力な関与を設ける必要性はない」と賛否を併記せざるをえなかった。

当初、答申は3日に提出される予定だったが、「国の関与」の問題などで調整がつかず断念。10日にずれ込んだ。梶田叡一分科会長が「こだわりがある(人がいる)から調整しなければいけない。なかなか溝が埋まらない」と嘆く場面もあった。

一方、教員免許更新制を導入するための教員免許法改正案は、反対論がほとんどなく、すんなりと決まった。しかし、この制度は現職教員100万人に適用され、3法案の中で一番学校現場に影響を与える法改正だけに運用面への意見・要望が続出。文科省は省令等の改正で具体的な制度設計を行う方針で、内部からも「失敗すると、教育現場が混乱する」との声が起きている。

さらに、学校教育法改正では、義務教育年限を9年と規定し、校長や教頭を補佐する「副校長」「主幹」など新しい職の設置規定が盛り込まれた。委員からは職の設置だけでなく、教員の定数増を求める声も出た。

◇突貫工事「拙速」批判も

スピード審議は安倍晋三首相の意向を強く受けたものだ。首相にとって教育3法の改正は、自らが掲げる「戦後レジーム(体制)からの脱却」の象徴であり、参院選で安倍カラーを打ち出すのに不可欠な材料。今国会で成立させるためには、一日も早い答申が必要だった。自民党内では連日審議できるよう、衆参両院への特別委員会設置を目指す動きも出ている。

3法改正をめぐっては1月の教育再生会議で、首相が突然「この国会で進めたい」とアクセルを踏んだ。「ゆとり教育の見直し」を盛り込んだ第1次報告に対する世論の反応が良かったため、攻勢に出たとみられる。再生会議も教育委員会への国の権限強化提言を大急ぎでまとめた。

参院選では、民主党が「生活維新」を掲げ、格差問題で切り込んでくるのは確実。これに対し「美しい国」をうたう首相は、教育を論争の一大テーマに据える腹だ。

首相は週明けに伊吹文科相に法改正のポイントを指示。20日には改正案を国会提出し、与党は来年度予算成立直後から審議を始める構えでいる。国会閉会まで2カ月半程度しかないが、01年には改正学校教育法など教育関連3法を1カ月で成立させた例がある。

この日、中教審の答申を受け取った伊吹文科相は「本来なら1〜2年かかることを1カ月でまとめた」と満足げだった。一方、委員の石井正弘・岡山県知事は「制度は一度作ると簡単に変えられない。拙速だ」と、選挙向けとも言える突貫工事での結論を批判した。

◇地方に権限を−−引地孝一・神奈川県教育長の話

国による地方公共団体への関与を強める規定が入ることは、地方分権改革という大きな時代の潮流と相いれないものだ。国が権限を強化しなければならない明確な理由がない。いじめや未履修問題をきっかけに感情的に論議されたが、本来は戦後の教育制度を大局的に時間をかけて論じるべきだった。地方教育行政は地域に責任がある。各教委は、国からとやかく言われることがないようにしていくべきだ。教育長の任命承認制度の復活を阻止できたことは良かった。

◇国が責任持て−−ジャーナリストの桜井よしこさんの話

国の関与と地方分権をどうするかは悩ましい。県によって問題があるところもあり、ばらつきがあることを考えれば、第三者機関を設けるとか何らかの形で最終的に国が教育に責任を持つ必要がある。地方分権に逆行するとして切り捨てるのは間違い。両論併記しても国の最終的な責任を引き受ける仕組みを残しておくべきだ。都道府県教育長の任命については、国がどこまで人材を見極められるか疑問。その点を否定したことは妥当だった。

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■解説

◇「対症療法」解決遠く

中教審の答申は、従来なら1年以上の時間をかける。わずか1カ月の短期間で取りまとめた今回のケースは、梶田叡一分科会長が「むちゃと言えばむちゃ」と言うほど、審議期間の面でも異例だった。

賛否両論が併記された「国による教育委員会への是正勧告・指示権」について、安倍晋三首相が導入を選択した場合、地方団体が反発することは必至だろう。目前に控えた統一地方選や参院選に影響が出る可能性もある。

教育委員会制度を見直す地方教育行政法(地教行法)の改正論議は、いじめ自殺や高校での履修単位不足問題が発端となっている。伊吹文明文部科学相は昨年10月の参院文教科学委員会で、「教委の在り方を議論して、悲しい事件は二度と起こさないようにしていただきたい」と答弁した。

以後、伊吹文科相は教委への「国の関与」の在り方を力説してきた。事あるたびに責任追及される文部官僚も「責任を問われるなら、権限もほしい」というのが本音だろう。

一方、片山善博委員(鳥取県知事)は今回の地教行法改正について、「対症療法であり、根本的な解決にならない」と指摘する。別の委員は「学校現場には全然関係ない」と言い切る。国が是正勧告・指示権を持っても、学力低下やいじめなど深刻な問題の解決に直結することはないからだ。

舞台は国会に移る。今回の答申、とりわけ地教行法の改正が、教育現場にどのような役割を果たすのか。改正の明確な意図、効果について、安倍首相は丁寧に説明する必要がある。【高山純二】