『朝日新聞』2007年3月12日付

「教職大学院」来春から続々


 学校運営や授業研究のリーダーとなる教員を育てる「教職大学院」が、08年春から各地の大学などに誕生する。子どもも教育内容も多様になった今、幅広い知識で同僚を引っ張れる人材の必要性はますます高まっている。教職大学院を想定した授業をしている兵庫教育大学(兵庫県加東市)で、ベテラン教員が将来の校長を意識して学ぶ様子を見た。

◇兵庫教育大「準備」コース 現場を念頭に議論

1月末、兵庫教育大が神戸・元町に持つ教室に、小中高の教員ら約50人が集まった。

主役は、同大大学院の「スクールリーダーコース」で学ぶ20人。30〜40歳代の現役の先生たちで、兵庫、鳥取の県教育委員会から送り込まれたり、岡山、福岡などで教えたりしていた人たちだ。2年間のコース修了を前に、自校に2カ月間戻って学校経営を実習。成果を「学校改善プラン」にまとめ、発表した。

「空き教室などの施設を地域に開放し、近所の大学生らを学校支援ボランティアとして受け入れたい」

福岡県飯塚市の穂波西中学校から来た石田英喜さん(42)は、計画をスクリーンに映して説明した。「中学校があるのは旧炭鉱の町。産業が衰退して人口が減り、家庭の経済力、教育力の格差が広がっている」

「理念はいい。でも地域の人を受け入れると、教員はますます忙しくなりがち。どうするの?」。「やる気のない大学生も多い。地元の大学と日ごろから連携しておくことが大事だね」。質問や助言が飛び出す。6人の発表者ごとに活発な議論が交わされた。

スクールリーダーコースは、教職大学院の開設をにらみ、元校長などの実務家を教官に加えて05年度に発足した。最大の特徴は「実践」で、「調査→発表→議論というパターンを徹底的にやる」(廣岡徹教授)。ユニークな教育をしている学校に出かけて教職員にインタビュー。有名な校長を講師に招く。教育委員会の会議を傍聴……。効果的な発表の仕方や、学校のホームページ作りを教え合ったりもする。

加治佐哲也教授は「地方分権が進んで学校により多くの裁量が与えられる中、これからの校長は特色あるビジョンを描き、教職員や保護者に示すリーダーシップが問われる」と強調する。兵庫教育大は07年度、教員以外に社会人経験者や大学卒業者も対象にしてコースを増やし、08年度には4コース、定員が計100人という最大規模の教職大学院を設ける予定だ。

近隣の府県教委に教員の計画的な送り込みと修了後の配置・処遇を考えてもらおうと、大学内にコラボレーション(協力)センターを置いて連絡を密にするよう努めている。

◇大学・準備急ぐ 教委・人事が課題

来春に教職大学院を開設したい大学は、今年6月までに申請する見込みだ。他にも、水面下で準備を進めている大学は多い。教員養成に力を入れてきた大学では、「教職大学院を持てばブランド力が上がり、学部学生も集めやすくなる」との期待とともに、「後れをとるわけにはいかない」との危機感も強い。

なぜ、「先生のリーダー」が重要なのか。「発達障害などで特別支援が必要だったり、カウンセリングが必要だったりする子どもが増えている。総合学習、小学校での英語、環境教育など、工夫が必要な分野も増えた。多様な課題に対応できるリーダーが望まれる」。横須賀薫・前宮城教育大学長はこう指摘する。

団塊の世代を中心に教員の大量退職が始まり、各自治体は若手の採用を大幅に増やす計画だ=グラフ。リーダーをうまく置き、全体の質の低下を防ぐことも重要になってくるという。

課題もある。横須賀氏は「(教員の人事権をもつ)近隣の都道府県教委が、教職大学院の準備段階から主体的にかかわれないのなら、安易につくるべきではない」とクギをさす。

各教委は今も、研究中心の既設の大学院に年間約1000人の教員を派遣している。教員養成系大学の修士課程で学ぶ約3000人のうち、3割は現職の教員だ。ただ、「現場に戻った人を活用できていない例も多い」(文科省)。送り出す教員の選び方を含め、戦略的な人事が課題となる。

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【教職大学院の設置を近く申請見込みの主な大学】

《連合型》

京都7大学(京都教育、京都産業、京都女子、同志社女子、佛教、立命館、龍谷)

《国立》

北海道教育(札幌市)、宮城教育(仙台市)、東京学芸(東京都小金井市)、群馬(前橋市)、上越教育(新潟県上越市)、福井(福井市)、奈良教育(奈良市)、兵庫教育(兵庫県加東市)、岡山(岡山市)、鳴門教育(徳島県鳴門市)、宮崎(宮崎市)

《私立》

早稲田(東京都新宿区)、創価(東京都八王子市)、玉川(東京都町田市)、聖徳(千葉県松戸市)

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〈教職大学院〉 ロースクール(法科大学院)やビジネススクールと同様、03年度に始まった「専門職大学院」の一種。中央教育審議会が昨年7月の答申で教職大学院の創設を提言し、文部科学省は今月、設置基準を公表した。研究や論文作成より実践を重視する。

2年制が標準だが、現職の教員が入学することに配慮した1年の短期コースや、教員免許をもたない社会人、大卒向けの2年以上の長期コースも可能。小中高の教員経験者ら「実務家」が専任教官の4割以上を占める▽実習などのために近隣の小中高から「連携協力校」を得る▽院生は10単位(400時間)以上の実習をこなす、などが義務づけられている。