『読売新聞』2007年2月24日付

全入時代の大学教員


大学全入時代は、大学教員の教育力が試される時代でもある。

学生の対話能力 養う工夫を

だが「大学も高校も、教員のやるべきことは変わらないように思いますよ」と東京工業大学の赤堀侃司(かんじ)教授(62)(教育工学)は熱っぽく語る。

静岡県の高校の物理の教師から43歳で転身した。教育工学は、ITなどを活用して教育現場の問題を解決する方法を考える学問だ。

「教員の役割は、他人と共鳴しあえる力、つまりコミュニケーションの力を育てることに尽きる」。高校生も、30歳を過ぎた大学院生も同じことが言えると、長年の教員生活で気づいたのだという。「自分の考えを持ち、違う立場の人間を理解する力がある学生は伸びる」と明快だ。

東工大が打ち出している「社会に役立つ学問」実現のため、昨年4月から本格的に「ダブルディグリー」(二つの学位)を取れるような学部教育を始めた。専門技術の習得で学位を取るだけでなく、法律や経営管理も効率よく学べるようにカリキュラムを組み直したのだ。

企業での就業体験も繰り返し行い、社会とともに歩む姿勢を学ばせる。国際会議も教育の場ととらえ、学生たちを積極的に参加させる。外国語での議論はコミュニケーション能力育成にうってつけだからだ。もちろん、その前後には必ず学生たちとみっちり議論している。

赤堀さんが育てたい人材像として念頭にあるのは、米国のIT企業のトップたちの姿だ。高いコミュニケーション能力と経営力を身につけた技術者たちが、企業だけでなく、国や世界を動かしている。「専門技術者として現場で生きられる時間は限りがある。管理職についた時、これまでの教育では対応できない」

一方で、大学一般に目を移せば、多くの大学教員が直面しているのは「学び直し」(リメディアル)という課題だ。

漫画以外に本を読んだことがない。奈良時代があったことを知らない。「カミナリって英語で何だっけ?」という学生までいて、授業の進め方に悩む教員もいる。しかし、相変わらず大教室での一方的な講義に終始する教員も少なくない。

国は、大学教員の教育能力向上のための研修を義務づけようとしている。大学はエリート養成の場ではなく、社会に出て行く前の最終チェック機関としての役割が求められている。

大学教員の教育力が問われる時代とは、研究が教育よりずっと重視された時代とは全く質の違う、教員の生存競争時代が始まったことを意味する。

大教室での講義は、学生のおしゃべりの注意だけで時間が過ぎてしまうとぼやいているだけでは済まない時代であることは確かだ。(松本美奈)