『産経新聞』2007年2月8日付

【医療を問う 第3部】(3)弘前大の苦悩と希望


「たったこれだけ?」。弘前大学医学部(青森県弘前市)で卒後臨床研修を担当する加藤博之教授(48)は昨年10月、大きなショックを受けた。大学付属病院で翌年4月から受け入れる初期臨床研修医が、過去最低の9人と分かったからだ。47人の募集定員の2割にも満たない。100人を超える大学卒業予定者で残ったのはわずか6人だった。

「専門性という観点では、他病院にひけをとらない」と自負していたが、「大学病院離れ」「地方離れ」は予想をはるかに上回っていた。

今春の弘前大医学部卒業生103人のうち、青森県外の高校出身者は79人。最も多い東京の12人をはじめ、北は北海道から南は宮崎まで全国に散らばっている。それでも24人の県内出身者を中心に、2けたは母校に残ると予想していた。しかし多くの学生が地元や大都市の病院を目指した。青森の医師不足の現状は分かっているはずなのに、だ。

「医師は本来、自らを顧みず『患者のため』にがんばるもの。しかし、最近の学生は『自分のため』という意識が先行する風潮がある。目の前に医療を必要としている人がいるのになあ。軸足がブレている気がしてならない」と加藤教授はため息をつく。

学生気質の変化を感じているのは加藤教授だけではない。東京都心にある東京慈恵会医科大(東京都港区)の学生部長、羽野寛教授(59)も「勉強はよくできるが、こぢんまりとした学生」が増えているような気がしてならない。

「卒業後、研修医、勤務医を何年やって、専門医の資格をとり、何年目には開業して…」と、プロの医師になる前に自分の可能性を決めつけ、人生のレールを敷いている学生に出会うようになったからだ。

「自分を生きるか、医師として生きるかのバランスは個人の価値観で違うが、『自分』への比重が30年前に比べ少し増しているように思う。現代の若者気質と同じといえば、その通りなのだが」

羽野教授は学生の人生観に直接立ち入ることはしないが、「医療のプロとしての見識と力量だけは身につけてもらう」つもりで学生に接する。

弘前大は選ばれる初期臨床研修をめざし、3種類のプログラムを作った。各科トップクラスの指導医による研修を頻繁に開催し、地域医療研修では、やりがいを感じさせる工夫を取り入れた。「ベスト研修医賞」の表彰制度も導入した。

県外出身者の多くが卒業時に県外に出てしまう現実を踏まえ、医学部の定員80人に県内出身者対象の推薦入試枠を設けた。今春は15人だったが、来年は20人に増枠する計画だ。ただ、県内出身だからといって、成績が劣る学生を受け入れたくはない。

佐藤敬医学部長(56)は県内の高校を回り「推薦枠だけではなく一般受験でチャレンジする学生が多く出てほしい」と訴えている。

山内早苗医師(26)=福井県出身=は今春、弘前大病院での2年間の初期臨床研修を終え、そのまま後期研修に入った。卒業時には一般病院での研修も考えたが、今では自分の選択が正しかったと信じている。

「研修先をネームバリューで選んでいる人も多いが、必ずしもいいわけではない。熱意を持って育てようとしてくれる指導医がいる弘前大で学んだことの意義は大きい。私はここで心臓外科医を目指します」

今春、初期臨床研修を外部の病院で終えた34人が、弘前大での後期研修を選んだ。いったん市中病院で学んだ研修医が戻ったのが心強い。

「専門性が高くなる後期研修でこそ大学病院の果たす役割は大きい」

加藤教授は、彼らの研修する姿に光明を見いだしている。