『中日新聞』2007年2月4日付

医師不足打開へ本腰
信大病院が独自の取り組み


深刻化する医師不足を打開するため、信州大病院(松本市)は、医学生と医師を対象とした独自の取り組みをスタートさせた。同病院に開設した「地域医療人育成センター」が核となり、診療科偏重が問題視されている産科、小児科への学生の呼び込み、離職率が高い女性医師への支援などを行うという。県内唯一の大学病院の挑戦を追った。

本年度、文部科学省が公募した「地域医療等社会的ニーズに対応した質の高い医療人養成推進プログラム」で、医師の診療科偏重を解消するための取り組みが採択された。同省の予算を受け、昨年10月にセンターを開設。毎年約2000万−3000万円の補助金を3年間、受けられる。

福嶋義光副センター長は「医師不足が深刻なのは、小児科、産科、麻酔科、救急部門の4科。県内だけでなく、全国的に深刻」と指摘。飯田下伊那地方など、相次いで産婦人科を廃止する動きが出てきていることなども踏まえ、昨年秋から、小児科と産科で、医学生を対象に継続的な実習を始めた。現在、医学部の1、2年生29人が実習に取り組んでいる。

産科では「生命誕生の喜び体験実習」として、今年1月から妊婦に協力してもらい、学生が毎月の検診に付き添う。受胎の喜びから生命の誕生まで、胎児成長の過程を見守り、妊婦とともに不安や成長の喜びなどを分かち合いながら、8カ月を過ごす。

小児科の「子育て体験・乳児発達観察実習」では、同院の医師が園医を務める松本赤十字乳児院(同市岡田松岡)で、乳幼児の発達を見る。毎月一度、同院を訪問し学生1人が2−3人の乳幼児を担当。抱っこや授乳、おむつ替えなどの世話をする。核家族化が進む中、実際に成長の過程を見ることで、子どもの健康を守る医師としての意義を見いだしてもらうのが狙いだ。

県医師会の大西雄太郎会長は「学問的なことではなく、体験から入るのはいい考えだと思う」と評価する。

医師不足の要因の一つとなっている女性医師の離職問題では「女性医師、医学生キャリア支援プロジェクト」を立ち上げた。セミナー開催のほか仕事と育児の両立を経験した女性医師が、復帰やその他の相談を受け付ける窓口も設けた。さらに、復帰を望む女性医師のために、医局、講座ごとに再トレーニング支援も実施する。わが子が熱を出しているのに休めないという育児中の常勤医師の葛藤(かっとう)を解消すべく、病児保育施設や看護師資格を持つベビーシッターの派遣なども検討中だ。

福嶋副センター長は、女性医師の離職率が高いのは「キャリアアップの時期と、育児の時期が重なってしまう日本特有の現象だ」と警鐘を鳴らし「リタイアしないためには何が必要か。周囲の支援も含めて、医学生たちに伝えていきたい」と決意を込める。

他県の学生を県内へ呼び込もうという取り組みも始める。2年間の卒後臨床研修で、信大病院に残るのは約半分。残りの半分は、東京都など、都会の病院やがんセンターを希望し、そのまま県外で医師として勤務するのがほとんどだという。

そこで、今年8月、全国の医学生と研修医を対象に、産科、小児科、麻酔医療の研修と、救命救急(ICLS資格取得)の講習会を組み合わせた「信州夏季セミナー」を信大病院で開催する。同大で学び、他地域で活躍する現役医師の講義を交えながら、信州の医療をアピールするという。 (中津芳子)