『朝日新聞』社説 2007年1月29日付

残業代改正 こちらは急ごう


一定条件の社員を労働時間の規制から外し、残業代をなくすホワイトカラー・エグゼンプション(WE)の導入について、政府は通常国会への法案提出を事実上、見送った。

私たちは社説で、この制度の導入は時期尚早と主張してきた。いまもなお長時間労働が減らず、不払い残業がはびこっている。そんなところへ導入すれば、残業代を払わずに際限なく働かせることに拍車をかけかねないからだ。厚生労働省はまだ法案提出にこだわっているが、断念という安倍首相の判断は当然だ。

ところが、これであやしくなってきたのが、残業代を引き上げる法改正だ。

使用者側が望むWEを実現するためには、「不払い残業を助長させる」という労働側の反対を和らげる必要がある。そのため厚労省は、残業代を引き上げる方針を決めていた。

抱き合わせの一方を断念したとたん、残業代の引き上げについて、政府の態度はあいまいになった。首相も施政方針演説で全く触れなかった。

残業代を引き上げれば、企業は残業を減らそうとする。だから、引き上げは過労死まで生んでいる長時間労働を減らす決め手である。

労使交渉ではないのだから、片方をやめたからといって、もう一方を見合わせるという政策はとるべきでない。過労死や働き過ぎを解消するには、一刻の猶予もならない。残業代を引き上げる労働基準法の改正案を今国会に出し、成立させるべきだ。

いま残業代は、通常の勤務時間の「25%以上」の割増率にすると定められている。これを残業をすればするほど段階的に割増率を上げる仕組みに変える。それが厚労省の方針だ。「残業をさせるよりは社員を増やした方がいい」と使用者に考えさせるだけの大幅な引き上げにしなければならない。

厚労省は引き上げ幅について労基法に明記せず、政令で決める方針を明らかにしていた。引き上げが小幅になれば、改正が骨抜きになりかねない。きちんと法に明記すべきだ。

残業代を引き上げても、違法な不払い残業を野放しにしていては、何の効果もない。「6カ月以下の懲役か30万円以下の罰金」という現在の罰則をもっと厳しくし、取り締まりも強めるべきだ。

急ぐべき労働法制の改正は、残業代の割り増しだけではない。

首相は施政方針でパートタイム労働法の改正を約束した。パートで働く人たちの賃金や待遇を改善するという。

改正の方向はいいが、適用範囲が狭すぎる。正社員と同じように配置転換や転勤をする一握りのパートだけに限定せずに、正社員と変わらないような仕事をしている多くの人たちも含めるべきだ。

生活保護よりも低い水準の最低賃金法の改正、求人での年齢制限を禁ずる雇用対策法の改正なども今国会で実行すべきだ。もっと早くやっておくべき改革だ。