『毎日新聞』社説2007年1月25日付

教育再生提言 せいては百年の大計を誤る


政府の教育再生会議が第1次報告を決定し、安倍晋三首相は関連法改正案を通常国会に提出すると表明した。いじめ自殺、履修不足など相次ぐ教育問題や矛盾に素早く対処することに異存はないが、今回の報告の内容や方向は、もっと時間をかけて国民の間に合意や理解を形成すべきものだ。法という形ばかり急いでも実りある成果がないどころか、混乱をもたらすだけになりかねない。

現状を「公教育の機能不全」とみる報告は改革へ「社会総がかり」を唱え、学力強化、いじめや校内暴力の根絶、教員の質向上、教育委員会の変革などを挙げた。教育、特に学校教育はその時代の価値観や目標を背景に、緩やかながら多くの国民の「このようなものだ」という考えを映している。そういう意味で、今回の報告を読み進めると、これは広く意見を集め、論議を掘り下げるべきだと思われる問題に次々行き当たる。

例えば、「体罰の範囲の見直し」はあっさりと記述されているが、戦後学校教育の基本理念にもかかわる重大な提起だ。体罰は学校教育法が禁じ、通知によって禁止行為が示されている。直接的な暴力だけではなく、肉体的な苦痛を与えたり、教室から追い出すことなどもその範囲に入る。

校内暴力やいじめ、学級崩壊、授業妨害など深刻な問題に対処するためにはある程度やむをえないという考え方もあるだろう。それはそうとしても、心や人格を傷つけることがあり、教育上もしばしば逆効果になるとして一切禁止を定めにしてきた体罰を「国が今年度中に見直し、周知徹底のうえ新学期から各学校で取り組めるようにする」とは、あまりに短兵急ではないか。

また、学力強化のため「教育委員会・学校は補習などを行う『土曜スクール』を実施するよう努める」としているのは、遠回しの表現ながら実質的に学校6日制復活の意を含むとも読める。

確かに土曜補習をしている公立学校は既にあり、私立の多くが5日制を採用していない実態からみてこの提起には根拠がある。しかし、5日制導入に際しては論議と試行を重ねた。見直すにしても社会の週休2日制との兼ね合いも含め、再びコンセンサスを得るよう進めるべきだろう。

「魅力的で尊敬できる先生」の育成にしても、「問題解決能力が問われている」教育委員会の変革にしても、その必要性に疑いはない。だが、現場の実情や意見を十分に踏まえながら、改善の目標が具体的なイメージで国民に共有されるように論議を着実に重ねなければならない。

改正教育基本法の国会審議の際、私たちは、この法によって具体的にどのような新しい学校教育を実現しようとしているのか政府は示すべきだと求めた。それは果たされなかった。

今から国会に出されようとしている関連法改正案は日々の学校教育活動に直結する。まず改正ありき、ではない。国民にもっと語りかけ、知恵を集めよう。