『朝日新聞』社説2007年1月26日付

教育再生 見切り発車は危ない


教育再生会議の第1次報告を受けて、安倍首相は提言の実現に必要な法律改正案をこの国会に出す考えを表明した。法案づくりを担当する文部科学省は大急ぎで作業を始めた。

今の教育がさまざまな問題を抱えていることは間違いない。早い改革を願う国民も多いだろう。首相が指導力を発揮しようと意気込むのも理解できる。

問題は、改革の中身と方向である。

柱の一つは、教員免許法の改正だ。いまの教員免許に有効期限はないが、これを10年間とし、講習を修了すれば更新する。中央教育審議会はそんな制度を答申したが、教育再生会議は不適格教員を排除するような厳しい更新制を求めた。

私たちも、教える力のない教師には退場してもらいたいと思う。けれど、教師を萎縮(いしゅく)させ、教職をめざす学生を減らしかねない制度は行き過ぎだ。厳格化にはそうした副作用が心配される。

学校教育法も改正して、校長の補佐役として副校長や主幹のポストを新設する。教師が雑務から解放され、子どもと向き合う時間が増えるなら結構だろう。

だが、増員なしで管理職を増やすだけなら、逆に現場の教育力は落ちてしまう。増員予算の裏付けが必要だ。

もっと心配なのは、教育委員会のあり方を根本的に見直すという、地方教育行政法の改正である。

現在は都道府県と政令指定都市が持つ教員の人事権を、できるだけ市町村に移管する。その代わり、小さな市町村の教育委員会は統合する。教育再生会議はそう提言した。

ほとんどの小中学校は市町村が設立しているのに、教師は人事権を持つ都道府県に目を向けがちだ。多くの市町村は、人事権が移れば教師の意識が変わると期待している。

その一方で、第1次報告は国が教育委員会の基準や指針を決め、外部評価制度を導入するよう求めた。教育長の任命に関与する仕組みの検討も求めている。

地域がその子どもたちの教育のあり方を決められるようにする分権の方向性と、国の関与を強める方向性が混在している。どちらで進めようというのか、これは重大な問題をはらんでいる。

実現すれば、教育現場を大きく変えるものばかりだ。それにしては、あまりに議論が不足し、疑問点が多い。再生会議のメンバーにも戸惑いの声がある。

そんな懸念を振り払い、見切り発車で法案化を急ぐ背景には、夏の参院選をにらんで政策の目玉をつくろうという政権の思惑が透けて見える。下がり続ける支持率を挽回(ばんかい)するためにも、最重要課題と位置づける教育改革で具体的な姿を示したいということなのだろう。

だが、第1次報告が「社会総がかりで教育再生を」とうたったように、教育とは社会全体で取り組むべき事業である。

国民や現場の声を幅広く集め、合意をつくる努力がもっと必要だ。それなしに実のある改革はできるはずがない。