『信濃毎日新聞』社説 2007年1月24日付

通常国会 暮らしの安定を第一に


通常国会があす25日、開幕する。4月の統一地方選挙、夏の参院選をにらんだ国会になる。

安倍晋三政権が発足してから初めての通常国会だ。与野党の攻防は政権の支持率に影響し、統一地方選、参院選の流れを左右する。

二つの選挙の結果によっては、安倍政権が求心力を失い、衆院解散・総選挙へと向かっていくこともあり得る。緊張感ある論戦で国民に分かりやすい選択肢を提示するよう、与野党に求めたい。

<選挙をにらみつつ>

安倍首相は就任して以来、任期中に憲法を改正する考えを繰り返し表明している。参院選では憲法を争点にする姿勢でもいる。

この問題で差し当たりポイントになるのは、憲法改正の是非を国民に問うための国民投票法だ。自民党と民主党の間で、投票制度の在り方をめぐり瀬踏みが続いてきた。論点は投票年齢、投票方式など二、三に絞られている。

憲法が参院選の争点になると、支持層に混乱が広がるので、国民投票法案は早めに取りまとめ成立させる方がいい−。民主党内からはそんな声も聞こえてくる。

安倍政権が発足してから、防衛庁を省に昇格させる法律、改正教育基本法など、国の基本にかかわる法律が可決・成立している。

ここで一気に憲法改正へ進み、政権の求心力につなげたい。あわよくば歴史に名を残したい−。首相がそう考えても不思議でない。

憲法の在り方を常に点検するのは、国会の大事な役目の一つである。時代に合わない点があるとしたら、どこをどう変えるか、国民投票の仕組みをどうするか、論議するのは当然だ。

だが、今度の国会で国民投票法制定へ進むことには賛成できない。理由は二つある。

<憲法論議は慎重に>

第一は、憲法論議そのものが煮詰まっていないことだ。

国民が守るべき義務規定を憲法に盛り込むべきだ、との議論が自民党内に根強い。憲法は、政府が権力をむやみに振り回さないよう縛りをかけるためのものである。

義務規定を、という論議は憲法の在り方をはき違えている。国会議員がこんな浅い理解では、進む方向を間違える心配が大きい。

理由の第二は、この国会で憲法改正へ手順を進めることを国民の多くが望んでいないことだ。共同通信社が今月中旬に行った全国電話世論調査では、通常国会の最も重要なテーマとして憲法改正を挙げた人は3・1%しかいなかった。

調査では、(1)税金や財政改革(2)教育改革(3)景気や雇用(4)社会保障改革、が上位に挙がった。

憲法よりも暮らし−。国民が求めるものは明快だ。

小泉純一郎政権の約5年半の間に、社会に格差が広がった。働いても働いても、暮らしにゆとりが生まれない。「ワーキングプア」と呼ばれる若者が増えている。

この分野では当面、来年度予算が大事になる。景気回復の追い風で税収が増える見通しだ。国債の新規発行額は久しぶりに25兆円台に収まる。財政健全化の取り組みはある程度、進む。

半面、暮らしに直接かかわる予算に目を向けると厳しさが目につく。来年度は定率減税が廃止される。実質的な大型増税である。医療費など社会保障費の負担は増える。年金給付水準の引き下げも進む。

勝ち組と負け組を固定化しないための「再チャレンジ支援策」は、中身があまり伴っていない。雇用対策は対症療法の域を出ない。

国民がいま政治に切実に求めているのは、暮らしを安定させる確かな処方せんだ。これ以上は悪くならないという安心感である。

国民の期待にしっかり目を向けた論戦を、与野党に求める。

<民主党も試される>

外交も大事なテーマになる。安倍首相は就任してから中国、韓国を訪問、小泉政権の下で悪化した関係の改善に糸口を付けた。

しかしそれ以外の外交課題には手が付いていない。北朝鮮の核問題、拉致問題は手詰まり状態にある。対ロ外交も同様である。

小泉外交は対米協力一辺倒で、国連をはじめとする多国間協力やアジア諸国への目配りが足りなかった。外交のバランスを回復する責任を、安倍政権は負っている。

春に予定されている訪米が重要だ。ブッシュ政権はイラク政策を転換しようとしている。よほど準備してかからないと、米国の政策を一方的に受け入れる結果になるだろう。首脳会談にどう臨むか、練り上げた論戦が欠かせない。

野党も姿勢を問われる。特に民主党だ。小沢一郎代表は「対立軸路線」を掲げるものの、これまでのところ、有権者に広く浸透するには至っていない。補選や知事選の結果もほめられたものではない。

民主党はこの国会で、格差の問題を柱に据える考えだ。政権を担い得る政党として認知されるかどうか、小沢代表にとっても正念場だ。

政治とカネの問題も見落とせない。事務所経費の不透明さが指摘されている。実態解明と国民への説明も、国会の役目の一つである。