『しんぶん赤旗』2007年1月10日ー12日

労働法制改悪反対
守ろう働くルール
党闘争本部長 市田書記局長に聞く


<上>
長時間労働野放し 残業代取り上げ
あまりに身勝手な財界・政府

二十五日に開会予定の通常国会は、労働法制改悪案の提出が予定され、「労働国会」になるといわれています。日本共産党は昨年末、市田忠義書記局長を本部長とする労働法制改悪阻止闘争本部を設置しました。労働法制をどう変えようとしているのか、そのねらいとともに、どうたたかうかについて市田本部長に聞きました。

聞き手 四ケ所誠一郎

-----------------------------------------------------------------------

国民をごまかす

――今回の労働法制改悪は、長年にわたるたたかいでかちとった一日八時間、週四十時間という労働時間のルールを破壊し、労働契約法という新しい法律をつくるかわりに労働者保護にたいする国の責任を後退させることを内容としています。

その中心をなすのが「ホワイトカラーエグゼンプション」(労働時間規制の適用除外)の導入です。耳慣れない言葉です。どうみますか。

市田 財界や政府が横文字を使うときは国民をごまかすときだと思って間違いありません。一言でいうと、“長時間労働野放し、残業代取り上げ”法案です。サラリーマンを一日八時間、週四十時間という労働時間規制の対象から外してしまう。つまり、何時間働いても残業代を支払わなくてもいいようにするための法案です。「管理監督者の一歩手前」が対象としていますが、あまりにも漠然としています。これではサラリーマンのほとんどが対象とされかねません。

――日本経団連は、年収四百万円以上のサラリーマンに導入するように求めています。そうなれば労働総研は、千十三万人が対象になり、一人あたり百十四万円の残業代が消えてしまうと試算結果を発表しています。

市田 労働者派遣法にしても、裁量労働制にしても、導入の最初は、限定された特別の業種だけに限っていました。それを拡大していき労働者派遣法は今や事実上、無制限になっています。

導入しようとしている「ホワイトカラーエグゼンプション」も、一部のサラリーマンを対象にしているような印象がありますが、いったん導入されると際限なく広げられるおそれがある。ほんらい支払うべき残業代をサラリーマンから取り上げ、これまで違法だったサービス残業を合法にしようという法づくりです。

対象からはずす
――いまある裁量労働制とどう違うのですか。

市田 裁量労働制というのは「何時間働いても労使が話し合って決めた時間だけ働いたとみなす」という制度です。「みなし労働時間制度」ともいわれています。

たとえば「週五十時間働いたとみなす」と労使で決めたら、四十時間に見合う基本給と、それをこえた十時間分の残業代に見合う額を「裁量手当て」などとして支給します。

裁量労働制は、「みなし時間」とはいえ、あくまで、一日八時間、週四十時間という労働時間の法規制の原則がまがりなりにも生きています。それでも「サービス残業」の温床になっているという批判が絶えません。

ところが、導入しようとしている「ホワイトカラーエグゼンプション」は、この労働時間規制の対象からサラリーマンを外すというのです。使用者との間で「あなたの賃金はこれだけです」と決められたら何時間働いても、それ以上の賃金はでません。

裁量労働制より、もっとひどい代物で、働き方についてルールなしにしようとするものです。

――残業代がでなくなれば、サラリーマンは長く働くのがバカらしくなって、長時間労働が減るという議論もあります。

市田 安倍首相が五日の記者会見で、「ホワイトカラーエグゼンプション」が導入されれば、長時間労働がなくなって家庭で過ごす時間が増え、少子化対策に役立つ、といいました。ほんとうに腹立たしい。

安倍首相は、サラリーマンの実態をまったく知らないのか、ごまかしているのでしょう。

「ホワイトカラーエグゼンプション」を導入しても仕事量が減るわけではありません。あいつぐリストラと人員削減によって一人あたりのノルマや仕事量は増えつづけています。

しかも、「エグゼンプション」の導入によって賃金と労働時間との関係がなくなりますから、働かせる方は、どれだけ長く働かせても、なんの痛みも感じません。それどころか、「成果」によって賃金や人事を決める成果主義が文字通り徹底されるでしょう。「成果主義賃金」といっても上司の恣意(しい)的な評価で決まり、働く方にすれば賃金を引き下げられたくなかったら「成果」をあげるしかありません。「成果」をあげるためには徹夜してでも、それこそ「死ぬほど」働かざるを得なくなるのが実態です。

違反次々と発覚
――なぜこんなひどい制度を導入しようとしているのでしょうか。

市田 サラリーマンの多くは、いまでも成果主義賃金のもとで休みも取れず、深夜帰宅はあたりまえという長時間勤務を余儀なくされています。過労死やメンタルヘルス不全(心の病)が非常に増えています。しかも、その多くで残業代がきちんと支払われていません。「サービス残業」といわれるものです。

労働基準法の三六条では、労働者を「一日八時間、週四十時間」を超えて働かせるには、労働組合などとの間で協定(三六協定)を結ばなければなりません。「一日八時間週四十時間」を超えた時間については、時間当たり125%の賃金支払いを義務付けています。

ところが多くの企業がこのルールに反して労働者を働かせていることが、次々と発覚しました。

労働者の告発と日本共産党の二百回余に及ぶ国会追及によって政府は二〇〇一年度、サービス残業是正の通達を出さざるをえなくなりました。

それ以降の五年間で、不払い残業代を支払った企業は五千百六十一にのぼり、六十六万六千九百十七人に八百五十一億五千九百九十七万円の残業代が支払われました。

一昨年度は、千五百二十四企業が、十六万七千九百五十八人にたいし、二百三十二億九千五百万円の残業代を支払っています。

これは氷山の一角です。埼玉労働局の調査では、75%の企業が、「サービス残業」などの法律違反をしていました。多くの企業では「ビクビクしながら」、犯罪行為である「サービス残業」をさせているといってもいいかもしれません。

それを摘発されるのがいやで、今度は、残業代を払わない違法を、合法にしようというのです。違法の現実を是正するのではなく、残業代を払わないことを合法にする。そのうえ残業代分の人件費を削減することで「国際競争力」の強化をねらっています。

もうけのためなら、働く人々の暮らしや賃金、労働条件はまったく関知しないという、あまりにも身勝手、横暴勝手もきわまれり、といわなければなりません。(つづく)

***********************************

<中>
ワーキングプア深刻に
法案に道理あるか

使用者いいなり

――「労働契約法」という新しい法律をつくるといっていますが、どうみますか。

市田 解雇や労働条件の変更に関するトラブルを避けるために、労働契約の「ルールを明確化する」というのが表向きの理由です。しかし、実際には、経営者にとってきわめて都合のいい内容になっています。

労働政策審議会の厚労相への答申は「労働契約の原則」を、「労働者及び使用者の対等の立場における合意にもとづいて締結され、または変更されるべきもの」といっています。

ところが肝心の労働条件を決めるルールについては、使用者に作成、変更権がある就業規則を内容とするとし、就業規則による変更も認めています。これでは、使用者が一方的にルールを決め、切り下げることができます。しかも、労働契約法に関する国の役割を「労働基準監督官による監督指導を行うものではない」としています。使用者の法違反があっても労基署からの指導、チェックを受けずにすむ仕組みにしようとしています。

――国民のたたかいで労基法に盛り込ませた解雇権の乱用を禁止した規定(一八条の二)も、この労働契約法に移すとしています。不法な解雇があっても労基署はものがいえなくなります。

市田 働くルールを守り確立させるのか、破壊を許すのか、しのぎを削るたたかいであり、国民全体にかけられた攻撃です。しかし、この改悪には道理がなく国民の支持を得られません。

いま、一生懸命に働いても生活保護水準以下の暮らししかできないワーキングプアが社会問題になっています。NHKは二度にわたって特集番組をくみました。

なぜこうした事態がおきたのか。偶然ではありません。雇用の分野でいえば、その主要な原因は、会社や使用者にとって都合のいいように雇用のルールを変えてきたことにあります。

規制緩和が原因
たとえば労働者派遣法の制定です。それまで使用者が労働者を直接雇用することが原則でした。ところが派遣法によって、派遣会社から労働者の提供をうける間接雇用が許され、その後、対象業務の規制が撤廃されました。有期雇用についても、三年間まで短期雇用が自由化されました。

この結果、直接雇用の正規社員が大幅に減らされました。その一方、派遣、パートという不安定な働き方を余儀なくされた人が千六百万人になっています。その半数が、年収二百万円以下におかれています。

労働法制の規制緩和を自民・公明を与党にする小泉内閣が財界、大企業の手足となってやってきた。ここにワーキングプアの大きな原因があります。規制緩和は、正社員にたいしても過酷な労働を強いています。裁量労働制の導入は、「サービス残業」という、ただ働きの隠れみのにされました。変形労働時間制の導入と拡大によって、長時間労働を余儀なくされています。しかも、成果主義賃金によって、過労死やメンタルヘルス不全が社会問題になるまで、労働者は過酷な労働にさらされています。

違法を「合法」化
――労働法制改悪の影響は、たいへんに大きいものですね。

市田 今回の労働法制改悪は、違法な「サービス残業」を一挙に免罪し、野放しの長時間労働など労働条件も切り下げやすくしようというものです。そうなれば、日本社会で進行している事態をいっそう深刻にするでしょう。日本経済とものづくりを危うくし、ひいては日本の社会と未来を危うくしかねません。

このように労働法制改悪は、違法なことをやっている大企業の行為を違法でないようにするための改悪なんです。この改悪案の内容と狙いが分かれば、どういう政治的立場の人であれ、賛成する人はいないと思います。

労働組合では、全労連と連合が反対の立場を明確にしています。与党のなかにも、参院選挙を前にして「法案強行は得策ではない」と動揺が広がっています。法案に道理がないからです。ここに相手の弱点があります。

この間の経験でも、「サービス残業」の横行に、職場の労働者と日本共産党などが力をあわせて告発して是正させる大きな成果を勝ち取っています。偽装請負の問題でも、ばらばらにされていた労働者が組合をつくって立ち上がり、政府に是正の通達を出させることができました。たたかいは前進しています。(つづく)

***********************************

<下>
憲法に反する法案
提出させない運動を

――労働法制改悪を急ぐ背景には労働者、国民の反撃に財界があわてているという面もありますね。国民的なたたかいを起こし、阻止するために大事なことは何ですか。

市田 確かに矛盾が広がっていますが、相手はあきらめてはいません。そこを甘くみてはなりません。

いま大事なことは、通常国会に法案として提出させないたたかいを繰り広げることです。かつて小選挙区制を導入しようとしたとき、国民の意思を反映しない反民主主義的内容を徹底的に明らかにして、法案の提出そのものを断念させた経験を持っています。そうしたたたかいを国民のみなさんと一緒にすすめたいと思います。

ルール破壊狙う
またよく見ておく必要のあるのは、「戦後レジーム(制度)の解体」を叫ぶ安倍首相のもとで、財界が「雇用のルールを思い通りに変えたい」と露骨な動きをしていることです。

今度の国会に出そうとしている労働法制の改悪でもまだ足りないと、経済財政諮問会議などの場を使って、「労働ビッグバン」などといって、いまある労働ルールの全面破壊に直接、乗り出しています。同会議には、労働者代表がいません。財界と政府代表などによって構成されています。自分たちの意のままにできる仕組みにしています。

私は昨年の十月、偽装請負の問題を告発し、安倍総理に、法律にもとづいて厳正に対処するよう求めました。安倍首相も「ワーキングプアを前提に生産計画が立てられているとしたら問題だ。法令違反には厳正に対処する」とこたえざるを得ませんでした。

ところが、その日の午後に開かれた経済財政諮問会議で、日本経団連の御手洗会長は、法律違反の自分の責任は棚に上げて、「法律の方を変えるべきだ」と発言しました。経済財政諮問会議では、この御手洗発言を受けて、偽装請負を合法化する労働者派遣法の改悪(期間制限の撤廃、直接雇用義務の撤廃)などを検討対象にしています。

今回の労働政策審議会では、見送りになった金さえ払えば自由に解雇できる制度や、労働組合の団体交渉権を制限(一定割合以下の組織率の労働組合の団体交渉権をはく奪)する動きも予断を許しません。これは、解雇は自由、労働者の団結権や交渉権も認めないというものです。

しかし、財界のこの要求は、何の道理もないばかりか、現憲法のもとでは、とうてい許されません。

日本共産党は四日に開いた第三回中央委員会総会で、「憲法二五条の生存権をまもる国民的大運動」をよびかけました。昨年末の常任幹部会で私を本部長に労働法制改悪阻止闘争本部を設置しましたが、このたたかいも第三回中央委員会総会が呼びかけた「大運動」の一翼をになうものです。

――反撃の道理、よりどころは憲法にあるわけですね。

市田 ええ、そのとおりです。

不当な理由づけ
資本主義経済のもとでは、自由な商品の取引、自由な契約が基本です。しかし、労働者と使用者との契約関係も自由にすると、使用者が圧倒的に強い立場にありますから、使用者のいいなりの労働条件、長時間労働と低賃金、劣悪な労働環境を余儀なくされることになります。

実際、明治以来、戦前の日本の労働者は、生存すら脅かされてきました。さらに「奉公」や「タコ部屋」など封建的な労働関係が残っていましたから、いっそう過酷な労働が強いられていました。「人間らしい働き方」「一日八時間労働」を求めて労働者の運動が起こったのは当然のことでした。

しかし、戦前の日本では、こうした運動は、世界でも例を見ないほど暴虐な弾圧の下に置かれ、「人間らしい働き方」の実現は、戦後、新しい憲法の成立にまで持ち越されました。

憲法二七条二項は「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」としています。これは、資本主義のもとでも労資関係は、他の取引のように当事者の自由契約にしてはいけません、という労働者保護の原則を確立したものです。

法律で定められる基準も明確にされました。労働基準法は第一条で「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」としています。これはもちろん、憲法二五条一項の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という規定を受けてのものです。

「ワーキングプア」という働かせ方や八時間労働時間という法規制を取り払うことの不当さが、この点からも明らかです。

最低労働条件の水準を決めるのに、もう一つ重要な基準があります。それは、国際的な水準を達成するというものです。戦前の日本では、劣悪な労働条件が繊維産業などの国際競争力のもとにされていました。

そのひどさは、『女工哀史』などで詳しく告発されていますが、「ソーシャルダンピング」(不当廉売)として、国際的に非難されました。その反省から、労働条件の低さを国際競争力の道具にしないとの決意が憲法にこめられているのです。

しかも、政府の「ものづくり白書」でも、各業種の世界トップテンに日本企業が軒なみ、半数以上を占めています。日本企業の国際競争力はすでに非常に高いのです。

ですから、いま財界が労働法制改悪を「国際競争力を維持・強化するため」といっていること自体が、不当な理由付けなのです。

要求とむすんで
こうした憲法の視点で職場の状況を見回したとき、憲法の理念はもちろん、それにもとづいて制定された労働基準法などの現行法にも違反している例が、まん延しているのではないでしょうか。

「サービス残業」や偽装請負の二大無法はその典型でしょう。また「ワーキングプア」という働かせ方や、生活保護水準以下の最低賃金など、あってはならないことです。そうした職場や地域で働く労働者の要求と結んで、壮大な運動を繰り広げようではありませんか。(おわり)