労働政策審議会報告書関連社説集

『読売新聞』社説 2006年12月30日付
『東京新聞』社説 2006年12月28日付
『信濃毎日新聞』社説 2006年12月29日付
『中国新聞』社説 2006年12月29日付
『愛媛新聞』社説 2006年12月30日付
『西日本新聞』社説 2006年12月29日付

『読売新聞』社説 2006年12月30日付

[新労働制度]「導入には意見の幅がありすぎる」


働き方が多様化しているのは事実だが、鋭い対立を押し切ってまで、直ちに実現すべき制度だろうか。

厚生労働省の労働政策審議会が、「自由度の高い働き方」という新しい労働制度の導入を盛り込んだ報告書をまとめた。

同省は労働基準法改正案として年明けからの通常国会に提出する方針だ。しかし、真に緊急性のある、全体として労使に有益な制度かどうか、疑問が多い。経営側の意見も割れており、問題は単純でない。さらに議論を尽くすべきだ。

焦点となっているのは、米国で「ホワイトカラーエグゼンプション」と呼ばれて普及している制度である。

管理監督者と同じように、自ら働く時間を調整できる。1日8時間・週40時間という法定労働時間も適用されない。残業という概念がない働き方だ。

日本経団連が最優先で導入を求めてきた。「頭脳労働など成果に応じて処遇する仕事や、情報機器の発達で労働時間にしばられない仕事が増えている。工場労働をモデルにした現在の規制を一律にかけるのは適切でない」と説明する。

だが、同じ経営者団体の経済同友会は先月、「仕事の質や量、日程にまで裁量のある者は多くない」として、今の時点での制度化に疑問を呈した。現場から見た実感でもあるだろう。

一方、日本労働組合総連合会は「長時間労働を助長する」「サービス残業の合法化につながる」と真っ向から反対している。審議会でも労使の委員の調整が最後まで難航し、厚労省が事務局案を押し通す形で決着した。

確かに、仕事の効率が高まり、より能力を発揮できる場合もあるだろう。しかし、企業が賃金抑制と長時間労働を正当化する危険性もはらんでいる。

このため、厚労省案は、「業務上の重要な権限と責任を相当程度伴う地位にある者」など、対象者の要件を設けた。今後、年収の基準も決めるというが、大企業と中小企業では同じレベルで考えられない問題でもある。

就労環境が激変し、労使の対立という旧来の構図だけではとらえられない面もあるだろう。その意味で、経営側の見解の相違は生産的な論議につながる。制度化の影響について、労働側も電機や流通など産業ごとに具体的に検討すれば、発言の重みも増すのではないか。

少子化で人材の確保が難しくなってきたと言われる。持続的に企業を発展させていくためにも、法制化の論議とは関係なく、働きやすい環境づくりを労使が一体で進めていくことも大切だ。

『東京新聞』社説 2006年12月28日付

労働時間改革 導入する時ではない


比較的年収が高く自由に働けるホワイトカラーを対象とする新たな労働時間制度が創設される見通しだ。だが職場では長時間労働がはびこるなど悪化が目立つ。政府は導入を急ぐべきではない。

「自由度の高い働き方というものがどこにあるのか。実証もないままの導入はきわめて遺憾だ」「年収基準が盛り込まれては中小企業には影響が大きい。納得できない」。二十七日夕開かれた労働政策審議会(厚生労働相の諮問機関)労働条件分科会は最終報告をめぐり反対論が相次いだ。

政府が導入を目指す日本版「ホワイトカラー・エグゼンプション」は、労働基準法で規定する原則一日八時間、週四十時間の労働時間と時間外労働(残業)には25%以上の割増賃金を支払うなどの適用を除外する制度だ。要するに、対象者はいくら働いても残業代は支払われない。

対象者は新製品の研究開発や情報処理のシステム設計など専門的業務を担っている“管理職一歩手前”の中堅社員を想定している。年収基準は日本経団連が四百万円以上、厚労省側は九百万円程度とまだはっきりしない。来年の通常国会に向けた法制化作業のなかで決める予定だ。

導入のきっかけは明確だ。昨年三月に閣議決定した規制改革・民間開放推進三カ年計画で、米国のホワイトカラー・エグゼンプションを参考に日本でも自律的労働時間制度の創設を検討することになった。就業形態の多様化に対応し、製造業に比べ立ち遅れている日本の事務職部門の生産性向上が目的とされる。

だが日本のホワイトカラーはそんなに怠け者だろうか。

日本の長時間労働は世界的に有名だ。総務省調査では週六十時間以上働く労働者が増加している。一カ月で八十時間以上の残業となる計算である。それが過労自殺や労働災害の多発につながっている。有給休暇の取得率も日数も減っている。

そもそも個人の権利意識も力も強い米国と違って、日本で労働時間を自由に配分できるホワイトカラーはいったいどのくらいいるのか。

一度、制度が導入されたら適用範囲が徐々にひろがり結局は「残業代ゼロのための制度」になりかねないとの労働側の指摘は当然だ。管理職一歩手前の社員は子育て世代。ある程度の残業代は大切な生活給だ。

労働時間改革は組合活動が低迷していることの裏返しだ。労働組合の推定組織率は今年六月末で18・2%と三十一年連続で低下した。連合はパート労働者を含めた組織拡大に、もっと力を入れる必要がある。

『信濃毎日新聞』社説 2006年12月29日付

残業代ゼロ 働き過ぎを助長しないか


厚生労働相の諮問機関が、一部の労働者の労働時間規制を撤廃する制度を取り入れるよう促す報告書をまとめた。 労働強化の心配から、労働界には強い反対論がある。労働時間の在り方は暮らしの質を左右する。賛否が割れる中では、導入を急ぐべきでない。

労働時間は法律で1日8時間、週40時間と決められている。超えて働かせるときは、割り増しの残業代を支払わなければいけない。

一方、同じ8時間働いても、人によって結果に差が出てくるのが普通である。手際よく働いた人より、時間内でこなせず残業した人の方が得する場合もあり得る。

そこで、厚労省の労働政策審議会分科会が打ち出したのが「ホワイトカラー・エグゼンプション」と呼ばれる制度だ。管理職一歩手前の人、具体的には、▽重要な権限と責任を持つ▽年収がある程度高い▽使用者から具体的な指示を受けない−といった条件が当てはまる人を対象に、労働時間の規制を外す。残業代は支払われなくなる。

働く形は多様化している。特にホワイトカラーの場合、成果が時間だけで測れない面が強い。働く時間を自由にすれば、経済効率を高められる可能性はある。

半面、提案された制度には疑問点も多い。一つは、労働条件の切り下げになる心配である。

低成長が定着し、失業率は思うように改善していかない。労組の組織率は下がる一方だ。勤労者の立場は弱くなっている。サービス残業の問題は引き続き深刻である。

こうした中で「残業代ゼロ」の働き方を解禁したら、米欧に比べて長い労働時間がさらにのびかねない。賃金切り下げにもなる。

日本経団連は昨年春、年収400万円以上を対象とする案を打ち出している。この水準では、勤労者のかなりの部分が「残業代ゼロ」の中に取り込まれてしまう。

制度を導入するときは「労使委員会」を設け、対象者の範囲や賃金、対象者の同意を得ることなどを決議し、行政に届け出る。そんな項目が報告書には盛り込まれている。形だけ整えても、働く者の権利がどこまで守られるか疑問である。

仕事の手順について裁量を持つ勤労者は多くても、何の仕事をするかという質、量や、スケジュールまで自分で決められる人は少ない−。経済同友会はこんな理由から、ホワイトカラー・エグゼンプションに慎重姿勢を打ち出している。

経済界にまで異論が残る制度を無理に導入しても、うまく機能させられるはずがない。

『中国新聞』社説 2006年12月29日付

残業代なし制度 誰にメリットあるのか


ホワイトカラー・エグゼンプション(適用除外)といっても、ピンとこない人が多いだろう。要するに労働時間の規制をなくす新制度で、経済界から期待が強い。

管理職一歩手前の比較的高給の人を対象とし、働く時間が自由になる代わりに長時間働いても割増賃金が払われない仕組み。厚生労働省の労働政策審議会の分科会が導入を認める報告をまとめた。

分科会では「長時間ただ働きさせられるようになる」という労働側の反対を押し切る形で結論を出した。厚労省は来年の通常国会に法案提出の方針だが、本当に働き手にメリットがある制度なのか、じっくり検証するべきだ。

集中して働き、余裕ができた時間で休暇を取り、自分の自由に使う。こうした新しい労働スタイルを、日本経団連が昨年六月の提言で描いた。このような働き方を望む人が出てきたのは確かだろう。

一方で、一日八時間、週四十時間以上は原則働かせてはならないという法定労働時間の歯止めは外れる。今でも時間外労働で、25%以上の割増分が払われないサービス残業が多い。長時間労働が常態化し「過労死が増えかねない」という懸念にも現実味がある。

この制度の先輩米国では労働時間を制限する法律がなく、週四十時間を超えれば一・五倍の割増賃金を払う条項があるだけ。仕事の成果次第で思い切った報酬を出す「成果主義」が定着している。この制度の趣旨も、時間で評価しにくい仕事で「成果を出せるよう好きなだけ働く」考え方だ。対象も(1)週四百五十五ドル(約五万四千円)以上の報酬がある(2)部下が二人以上いる管理職で、採用、解雇の権限を持つ人―に限られる。

日本ではどうか。五年前、厚労省はサービス残業の把握へ通達を出した。労働者から申告が相次いだ結果、トヨタなど主要企業が巨額の残業代を支払った。このころから新制度の導入論が急浮上した。成果主義より「賃金抑制」の経済界の思惑が見え隠れする。

経団連の提言では年収四百万円以上が対象だったが、厚労省は基準を同八百万〜九百万円程度に限定する意向だ。健康を守るため、週二日分以上の休日確保を企業に義務付け、違反には罰則も科す。

ただ、休日以外はいくら長時間働いても、自己責任にされる可能性も否定できない。働き手に不安の残る制度を導入して、企業にも果たしてプラスになるだろうか。論議を尽くし、拙速は避けたい。

『愛媛新聞』社説 2006年12月30日付

残業規制撤廃 働きすぎの是正こそ急務なのに


企業減税を目玉とした税制改正などに続き、労働分野でも企業側の主張に沿って規制緩和しようということか。

労働時間規制を撤廃するホワイトカラー・エグゼンプション(適用除外)の導入を求める報告書を、労働政策審議会分科会がまとめた。厚生労働省は来年の通常国会に労働基準法改正案を提出する方針という。

だが、歯止めがなくなれば、いまでさえいっこうに改善しない長時間労働に拍車をかけるおそれが強い。経済同友会が慎重姿勢を示すなど異論は経済界にもある。性急に導入へ走り出すことには強い危惧(きぐ)をおぼえる。

制度の対象者は一日八時間、週四十時間の法規制が適用されず、残業代も支払われない。現在の管理職のような処遇が管理職一歩手前の人にまで広がり、賃金は抑制されるだろう。

集中的に働き、まとめて休むことで長時間労働はむしろ抑制できる。日本経団連などはそう主張する。しかし、本当にそんなばら色の制度だろうか。

対象者に関しては四つの要件が示されている。そのひとつが年収だが、労使の対立を反映して「相当程度高い」とするにとどまった。具体額は厚労省が政省令で定めるという。

厚労省が想定するのは年収八百万―九百万円以上。企業側の求めた四百万円以上より対象は狭まるが、国会が決める法規定に比べ、政省令だとまず導入したあとで拡大するのは容易だ。

業種や期間制限をなし崩し的に緩和して非正規雇用を増えさせた労働者派遣法の前例もある。杞憂(きゆう)とはいえまい。

現在も三十代の四人に一人は週六十時間以上働く。過労で労災認定された人、労働基準監督署にサービス残業の是正勧告を受けて不払い残業代(百万円以上)を支払った企業とも、二〇〇五年度は過去最多だった。

労災認定には管理職が多い。安易な労働時間規制の撤廃はその温床を広げることになる。

非正規雇用の増加で正社員は減り、負担が集中しているのに、企業側の労働者保護や順法の意識はなお低い。長時間労働も仕事自体の多さが主因だから裁量では解決しない。規制撤廃で労働時間を抑制できるという理屈には相当に無理がある。

それを是正するどころか実態に合うようルールを変え、サービス残業も合法化しようというなら筋違いというほかない。

「労基法違反の残業が摘発できなくなる」「労働時間を確認できず過労死の認定が難しくなる」。現実を知る労働基準監督官からそんな声があがり、多くが反対する重みも考えたい。

ホワイトカラー・エグゼンプションは〇四年に閣議決定した規制改革・民間開放推進三カ年計画で米国の制度を参考に検討するとうたわれている。だがその後に格差が社会問題化、市場原理主義の反省も始まった。機械的に進める状況ではない。

少子化対策としても働き方の見直しは急務だが、それにも逆行しよう。労働者保護にこそ取り組むべき厚労省は、批判に謙虚に向き合う必要がある。

『西日本新聞』社説 2006年12月29日付

過重労働の不安消えない 労働時間見直し


職場や自宅だけではない。通勤時やあるいは旅先でもパソコンや携帯電話を使って仕事ができる時代である。1日8時間、週40時間以内といった労働基準法の労働時間規制を一律に適用するのは、そぐわない労働者が増えている。だから、時代に合った新しい制度を導入すべきだ。日本経団連などはこう主張する。

労働側は、新制度導入は長時間労働を常態化させる恐れがあると反論する。

米国の制度にならい、事務系労働者などホワイトカラーのうち一定の条件を満たした者について、労働時間規制の適用を除外する日本版ホワイトカラー・エグゼンプション制度の導入の是非について、労働政策審議会の労働条件分科会を舞台に、労使の論戦が続いていた。

職場での労働時間の長短ではなく、生み出された成果によって評価すべきである。労働時間を基準に賃金を支払う現行制度には、非効率に長時間働いた者に残業代がつき、効率的に働く者より高い報酬を得る矛盾があると、経済界は言う。

果たすべき役割や達成すべき成果について、労使がきちんと合意し、職場の理解が浸透していれば、仕事をすませた後に大手を振って休むことも可能だろう。

そこがあいまいでは、さらなる業務を負わされ、残業代も支払われないまま長時間労働をさせられる懸念は消えない。

30代の男性の4人に1人が週60時間以上働いている現実がある。

過労で脳・心臓疾患になったと労災認定された人は2005年度に330人に上った。経営者側の立場に立つとして規制の対象外にある管理監督者について、長時間労働や過労死の問題が深刻化していると、労働側は主張する。

労働基準監督署の指導を受けて、100万円以上の不払い残業代を支払った企業は1524社あり、対象労働者数約16万8000人で合計約232億円に上った。こうした数字を見ると、労働側が反対姿勢を崩さないのも理解できる。

さまざまな働き方に対応するため、出退社時間を柔軟にするフレックスタイム制度なども導入されてきた。だが、まだ不十分で、抜本的な制度改正が必要だと経営側は言う。ならばまず、経営側は法令順守の徹底を誓うべきだろう。