『朝日新聞』社説 2006年12月29日付

研究不正 透明なルールを作れ


論文の捏造(ねつぞう)に研究費の流用。研究にまつわる不正が次々と明るみにでた1年だった。

とりわけ指導的な立場にある有力教授の不正は、科学者や研究への信頼を損ない、科学の発展も妨げる。社会にとっても大きなマイナスとなる。

研究に携わる一人ひとりに、科学者として守るべき基本原則を改めて認識してもらいたい。公的な研究費は、国民のために使われなければならない。

また、大学などは研究についてのルールを整備し、徹底させるとともに、不正は自ら解明して再発を防ぐ責任がある。このことを再認識してほしい。

東大では、多比良和誠教授が国際的な学術誌に発表した論文をめぐって疑惑が浮上した。何億円もの研究費を得ていたバイオ分野の花形研究者だ。最終的に捏造とは断定されなかったが、教授と助手が懲戒解雇になった。

問題の論文を裏付けるような実験記録や材料が全く残っておらず、結果を確認することができなかった。助手に実験の再現を求めたが、それができなかったばかりか、後から作成したことが明らかなデータを提出するなど疑わしい行動まで見られた。

実験の記録を残すという基本を繰り返し怠った助手。外部からの指摘もあったのに、実験の結果を十分に確認することなく何編もの論文を発表した教授。学内の調査委員会は、両者の責任は重いと結論づけた。

信頼性のない論文を次々に出したことで、「科学の健全な発展をその本質において脅かす深刻な結果を招いた」とも断罪している。

一方、早大は、総合科学技術会議の議員も務めた松本和子教授が研究費を不正受給していたとして、2億1200万円余りを文部科学省などに返納した。あわせて辞表を受理し、停職1年の処分を受けていた教授は辞職した。

実態のないアルバイト料を請求したことなどが明らかになっているが、こちらは全容が解明されないままの幕引きとなった。早大は、研究機関としての責任を果たしたとはいえない。

ここにきて政府や多くの大学、研究機関で、不正防止の対策が動きだしている。明確なルールを整えてはじめて、疑わしいケースが出てきたときに迅速な調査を進め、公正な結論が出せる。

東大では、これまで不正への対応を定めた学内規則がなく、調査に手間取った。その教訓から、実験記録を捨てたりした場合も不正とみなすなどの規則ができた。新たな基準に照らせば、今回の問題は「不正」となる。

一方、文科省の委員会では、研究費の使い方について、不正を防ぐための監査システムを組み込むなどのガイドラインも提案されている。

仲間内のなれあいがまかり通る組織は腐敗を招く。透明性を高めることが、信頼回復への一歩である。