『読売新聞』(2006年12月29日付

東大解剖──第2部(9)
知財活用に「目利き役」


「企業は何が欲しいのか、まず知ることが大切なのに、他大学の担当者の姿を見たことがない」

東京大学TLO(技術移転機関)の取締役、松田邦裕さん(43)は自信たっぷりだ。大学・企業間で、発明や特許など知的財産の橋渡しをするのがTLO。企業に足しげく通い、情報交換を欠かさない。研究・開発の秘密の情報も扱うだけに、信頼関係が第一だ。

国立大学の法人化で、知財の扱いは180度転換した。これまで原則、発明者個人に帰属していた特許などが、大学の帰属になった。特許収入は独自の研究を支援したり、奨学金制度を作ったりする資金にもなるため、東大も、知財の活用に本腰を入れる。リクルート出身の松田さんも、法人化を前にスカウトされた。

研究者は、どんな発明でも、知的財産部に届け出が義務付けられた。発明に新規性や産業応用性があるか、知的財産部の委託で調べるのが東大TLOの役割だ。

特許出願には、1件約100万円。複数の海外特許も出願するとなると1000万円近くかかる。東大の場合、研究者の発明のうち特許出願するのは6割。玉石混交の中から、光る発明を見つけて、売り込むのが腕の見せ所。足で稼いだ情報と人脈が「目利き」の源泉となる。

法人化前から東大TLOは6年連続の黒字。「東大は知名度があるから」というやっかみも聞こえるが、松田さんは「他大学は、まだまだ営業努力が足りない」と言い切る。





「嫉妬(しっと)民主主義」。玉井克哉教授(45)(知的財産法)は「特許や起業は良いが、成功して大金持ちになるのは許さない」という大学の雰囲気をこう表現する。

国内では、米スタンフォード大学の学生が起業したインターネットの検索サイト「グーグル」のように、ベンチャー企業で成功した例が少なく、研究者が具体的イメージを持ちづらい。

そんな中、東大発ベンチャーとして注目されているのは、新領域創成科学研究科の伊藤耕三教授(48)が昨年3月に設立した「アドバンスト・ソフトマテリアルズ」。伊藤教授が開発した、ゴムの8倍も伸縮性に優れた高分子素材の実用化を図る。

当初、何の役に立つか分からなかったが、TLOの助言もあり、応用が目に見えてきた。この高分子素材を使って、伸縮性に富み、洗濯機でも洗える毛織物が来春、発売される予定だ。コンタクトレンズや人工血管などの医療品、化粧品、塗料もターゲットにする。

実用化を考える中で、新たな発見もあり、基礎研究に役立ったという。

ただ、研究者間の利益配分のルールは明確ではなく、伊藤教授は「ケースごとに自分たちで判断せざるを得ない。将来、大学でトラブルが起こりかねない」と心配する。

「発明、発見は、偶然の要素が強い。たまたま研究をした人が利益を独占して良いのか」「応用ばかりを求め、研究が変質しないか」

伊藤教授自身も疑問は消えない。(杉森純)

保有特許213件 東大が大学として保有する特許は3月末現在で、国内108件、海外105件。2005年度までの4年間で1億456万円の収入があった。文部科学省によると、東大は05年度に573件の発明届を受け、377件の特許を出願した。発明届出数は全国の大学で最多。出願数は3番目に多い。特許や実用新案の収入は、青色発光ダイオード関連の特許を持つ名古屋大がトップで、東大は3番目。