『読売新聞』2006年12月28日付

東大解剖──第2部(8)
ミニ原子炉でプロ養成


原子力関連施設が集中する茨城県東海村で、東京大学の原子力施設は、日本原子力研究開発機構と核物質管理センター、日本原子力発電に挟まれるようにある。

施設の主役は、熱出力がこたつ3個分の2キロ・ワットという原子炉「弥生」。商業用なら300万キロ・ワットも珍しくないだけに、飛び切りの「かわいらしさ」だ。少しずつしか燃えないため、茶筒1本分のウラン燃料で千年間運転できる。放射性廃棄物もほとんど出ない。

それでも、厳しい規制は商業用原子炉と基本的に同じだ。国際原子力機関(IAEA)や国、県の検査も受ける。事務棟から廊下続きの原子炉の制御室は、複数の鉄格子の扉でブロックされ、運転を停止する夜間も、教職員が交代で寝ずの番をする。「東大で最も警備が厳重な場所かもしれません」と、鈴木晶大(あきひろ)・助教授(35)は説明する。





昨春、この施設に原子力のプロを養成する国内初の専門職大学院「原子力専攻」が誕生した。在籍するのは電力会社や官庁などから派遣された社会人ら17人。東大の学科や専攻に「原子力」が復活するのは12年ぶりだ。

原子力事故などによる学生人気の低迷で1993年、工学部原子力工学科はシステム量子工学科に、大学院の原子力専攻も同様の専攻に名前が変わった。教育内容も「原子力離れ」が進んだ。他大学もこうした流れに追随し、新しい原子力の教科書もこの20年間、ほとんど発刊されていない。

「原子力は、個別の知識だけでなく、全体を分かっている人材が絶対に必要」と班目(まだらめ)春樹原子力専攻長(58)。原子力の人材や学問体系が途絶えてしまう危機感が専門職大学院設置を後押しした。

日本原子力研究開発機構も全面的に支援。大学院生は週2回は隣接する同機構で実験、実習をする。

もちろん、「弥生」も実際に動かす。機械工学を学び、日立製作所で原発の配管設計をしていた三宅基寛さん(28)は、「ボタン操作一つで、中性子の量が大きく変化する。生き物のよう」と本物の迫力を語る。

「分野の違う仲間が一緒に学ぶのが何よりの財産」と経済産業省で原発規制に携わっていた沖田真一さん(35)。





「弥生」は、構造が簡単で、教育に適しているばかりでなく、通常の原子炉のように冷却に水を使わない特殊な方式のため、中性子を高速のまま取り出して実験することができる。核融合炉や高速増殖炉など、未来の原子炉の研究や、高速中性子を使った新材料の実験も行われる。

ただ、原子炉の運営経費は年1億円以上。工学系研究科の各専攻の中で突出した「ぜいたくな施設」でもある。廃止が相次ぐなど、大学の原子炉を取り巻く環境は厳しいが、鈴木助教授は「原子力はこれからも必要な分野。東大でしかできないこともある」と大学で原子力の研究をする意義を強調している。(杉森純)

原子炉を持つのは3大学 大学で原子炉を持つのは、東大のほか、京大(「KUR」と臨界実験装置「KUCA」)と近畿大。かつては武蔵工業大と立教大も原子炉を所有していたが、それぞれ1989年と2001年に運転を停止し、現在解体中だ。国内の試験研究用原子炉施設は15基あり、日本原子力研究開発機構が10基を所有、東芝も臨界実験装置を持っている。