『読売新聞』社説 2006年12月26日付

[06回顧日本]「伝統的な価値観が見直された」


読者が選んだ本紙の「日本10大ニュース」には、明暗、悲喜こもごもの出来
事が並ぶ。2006年の大きな特徴はうれしい話が上位に並んだことだ。

トップの「紀子さまが男子ご出産」は90%近い得票を集めた。今のままでは、
皇位継承者がいずれいなくなるのではないか。そんな懸念を背景に、皇室典
範有識者会議が昨年11月、女性天皇と女系天皇を認める報告書をまとめ、激
しい賛否を巻き起こしていた。

皇室のあり方を巡る論議に及ぼした影響は大きい。2月の秋篠宮妃紀子さまの
ご懐妊発表で、「拙速は避けるべきだ」との慎重論が一気に広がった。

2位は「トリノ五輪、荒川静香選手が『金』」、3位は「WBC、王ジャパンが初代王
者」だった。明るいニュースのトップ3独占は、1990年以来だ。ちなみに、90年の
1位は、礼宮(現秋篠宮)さまと紀子さまのご結婚だった。

今年のトップ10にはこのほか、「夏の甲子園決勝、37年ぶり引き分け再試合で早
実が初優勝」(5位)と「日本ハム、44年ぶり日本一」(8位)が入り、スポーツの話
題が四つもランクインした。

東京地検が、東京・港区の六本木ヒルズにあるライブドア本社の捜索に乗り出した
のは、お屠蘇(とそ)気分の抜けきらない1月16日だった。

◆市場原理主義の罪◆

1週間後、堀江貴文社長(当時)が逮捕された(6位)。堀江被告は05年には、ニッ
ポン放送の買収劇で日本中を騒がせ、郵政民営化反対派への「刺客」として衆院
選にも立候補した。「時代の寵児(ちょうじ)」の逮捕に驚きが走った。

時間外取引や株式分割など、違法ではないが、フェアとは言えない手法を用いて
金儲(もう)けに走ったのが堀江被告だ。

逮捕の直接の容疑は粉飾決算などの証券取引法違反だったが、それとともに問
われたのは、「人の心は金で買える」と広言してはばからなかった堀江被告の拝
金主義だった。

「金儲けの何が悪いんですか」と、記者会見で開き直った村上ファンドの村上世彰
代表(当時)も、6月に逮捕された(28位)。二つの事件を通じて、市場原理主義の
問題点が浮き彫りになった。

お茶の水女子大の藤原正彦教授は、06年を代表するベストセラーとなった著書
「国家の品格」の中で、最近の日本の有り様をこう表現した。

「日本人のDNAに染みついているかの如(ごと)き道徳心が、戦後少しずつ傷つ
けられ、最近では市場経済によりはびこった金銭至上主義に、徹底的に痛めつ
けられています」

◆薄れた人間らしさ◆

06年は、「いじめ」を苦にした子供の自殺が、人の心に大きな衝撃を与えた年で
もあった(7位)。

愛媛県今治市の中1男子は、「クラスでは『貧乏』や『泥棒』と言う声がたえず響
いて」いたと記した。福岡県筑前町の中2男子は「いじめられて、もういきていけ
ない」との遺書を残した。山梨、岐阜、大阪、埼玉などでも、いじめを受けた子供
たちの自殺が相次いだ。

筑前町では、担任教師がいじめの大本をつくっていた。北海道滝川市は、教育
委員会が自殺の背後にあったいじめを隠していた。教育者の自覚や責任感の
欠如は嘆かわしいばかりだ。「高校の必修逃れ問題」(15位)も同根だろう。

人間として当たり前のことが、当たり前でなくなっている。秋田県では、藤里町
で畠山鈴香被告が9歳の娘を橋から突き落として殺した。大仙市でも、母親が
知人の男とともに、4歳の息子を用水路に放置して死なせた。

わが子を誰よりも慈しむ存在とされてきた母親像は、いったいどこへいったのか。
今年上半期に警察が検挙した児童虐待事件は120件に上り、統計を取り始め
た2000年以降、上半期としては過去最悪を記録した。

小1で当時7歳だった米山豪憲君は、畠山被告に殺され短い生涯を閉じた。滋
賀県長浜市では、幼稚園児2人が同じ園児の母親に殺され、川崎市では、小3
男児が見ず知らずの中年男の手でマンション15階から投げ落とされた。男は自
らも、3人の子の親だった。

子供たちが人間性を欠いた大人の犠牲になる事件が絶えなかった(9位)。

福岡市職員の飲酒運転で8月、1〜4歳の幼児3人が死亡するという痛ましい事
故もあった(10位)。市職員は、追突されて海に車ごと転落した一家を助けもせ
ずに逃走していた。

◆日本の再生に向けて◆

安倍内閣は、こうした社会状況の中で発足した(4位)。初めての戦後生まれの
首相は「美しい国造り」を強調した。それは、文化、伝統、自然、歴史を大切にし、
自由と規律を重んじる、凛(りん)とした国だという。教育基本法の改正は、その
ための重要な第一歩だった。

上位のニュースはいずれも、国内に漂う閉塞(へいそく)感を吹き払ってくれた。
来年はあらゆる分野に、さわやかな新風が吹いてほしい。そう切に願う年の瀬
である。