『朝日新聞』2006年12月26日付

教育基本法「改正」反対の意外な面々


12月12日午前、教育評論家の尾木直樹さんは、参議院議員会館内の会議室
でマイクを握り、こう切り出した。

「組織の一員として記者会見するなんて初めてです。評論家としては組織に縛ら
れず、いつも自由な立場でいなければならないと思ってきましたから。でも、いま
はすごくせっぱ詰まった気持ちです」

尾木さんをこんな気持ちにさせたのは、すでに衆議院を通過し、参議院で審議中
だった教育基本法改正案だ。15日、参議院でも可決され、成立した。

●何もしないの悔しい

尾木さんと共に記者会見に臨んだ日本大学文理学部の広田照幸教授(教育社会
学)も、これまではこうした運動に参加することを避けてきた。自らの考えは研究成
果で発表する誠実な研究者でありたかったから。でも今回は、「気がつくと、国会前
でメガホンを持って、反対を叫んでいた」

13日にキャンドルを手に改正反対を叫び、国会を取り囲んだ4000人の中には、自
称「1カ月前までは反対運動をしようなんて思ってなかった学生」の浅野大志さん
(22)の姿も。埼玉大学教育学部に学び、小学校教員を目指している。参院特別委
の公聴会で、公述人として発言もした。

そして、文芸評論家の斎藤美奈子さんまでが、「久々に市民運動意識に目覚めた
(笑)」と、知人らにメールを書き送り、こんな言葉で、改正案の今国会での採決を
阻止し徹底的に審議するよう求めるネット署名への参加を呼びかけた。

「ずっとヤキモキしていたのでしたが、絶望するにはまだ早いってことで。何もやら
ないのって悔しいじゃないの」

いつもはクールな知識人たちが熱くなっているのは、なぜなのか。

広田さんは言う。「教育基本法は教育における憲法。成立しても明日から何かが
変わるわけではありませんが、教育に関するすべてのことに影響を及ぼす。5年
後は教育を巡る空気の組成が変わっているでしょう」

教育の理念や原則、枠組みと、政治や行政の責務を規定した現行法が、権力の
介入を規制し教育現場の自由や自律性を保とうとしているのに対し、改正案は子
どもや家庭に、「かくあるべし」という像を押しつけ、命令し、縛るものになっている、
と。

その最たるものが、新設された「教育の目標」という条項だ。「真理を求める態度」
「勤労を重んずる態度」「国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平
和と発展に寄与する態度」などを達成することが教育の目標だと、こと細かく定め
る。

斎藤さんは言う。

「日本の教育は戦後61年間、現行法の下で理想の教育を目指してきた。もはや
空気のようなものだったけど、改正後は過剰に意識されるでしょうね。しかも、『態
度』のオンパレード。『態度悪いぞ』とチェックされるようになりますよ。だいたい、法
律に人格を規定される必要なんてあるんでしょうか」

文部科学省は次期国会で、学校教育法の改正を目指している。学校の種類や、何
年間で何を学ぶかなど、学校制度の基本を定める法律だ。幼稚園から大学まで、各
段階の目標に、愛国心などの徳目が盛り込まれる可能性がある。

●「可能性はまだある」

教育基本法改正案は、政府に「教育振興基本計画」を策定するよう求めており、教育
に関する予算はこの計画に基づき配分される。計画には学力テストが含まれる予定で、
成績のいい学校に予算が重点配分されることも危惧される。

広田さんらが呼びかけ人になり斎藤さんも賛同したネット署名には1万8084人が参
加し、全国で反対集会やデモ、署名活動が続いた。斎藤さんは、こう期待する。

「メディアを含め、この改正で何が起こるのかに人々が気づくのは遅かったけど、この
秋以降の盛り上がりはすごかった。法律は成立しちゃったけど、現場の運用で行きす
ぎを止められる可能性は、まだあるんじゃないでしょうか」