『読売新聞』2006年12月23日付

東大解剖──第2部(5)
研究 常呂でも奄美でも


東大は全国に施設を持ち、地域の知恵袋になっている。

助教授1人、助手1人。東京大学の「北海文化研究常呂(ところ)実習施設」
は小さな所帯だ。大学院人文社会系研究科の施設で、北海道北見市常呂
町のサロマ湖畔に広がる森の中にある。三角屋根が目印の古い建物だ。

周辺には、旧石器時代から、考古学上のアイヌ文化期(14世紀以降)まで
の遺跡が豊富に残されている。中でも、オホーツク海に沿って東西2・7キ
ロに細長く延びる「常呂遺跡」は、約2500軒に及ぶ国内最大級の竪穴住
居群がある。東大によるこの遺跡の調査は、来年で半世紀を迎える。

助手の福田正宏さん(32)が「縄文、続縄文時代に続き、北海道で独自に
発展した『擦文(さつもん)』『オホーツク文化』時代の住居跡が混在し、北方
文化の移り変わりを解き明かす上で貴重な遺跡」と説明する。

実習施設は夏から秋にかけて大学院生が発掘調査で滞在し、にぎやかに
なる。北見市では、この遺跡を公園として整備する計画だ。

合併前の旧常呂町教委でも遺跡を担当していた市教委の武田修主幹(52)
は「純粋な学術目的の発掘は、予算面で手が回らないだけに願ったりかなっ
たり。公園化の計画段階から助言を仰げるのも心強い」。

一方、施設を切り盛りする熊木俊朗・助教授(39)は「豊富な遺跡群が集まる
地域にずっといられることは、研究者として最高のぜいたく」と応える。地に足
のついた研究は、地元の大きな財産だ。

鹿児島県・奄美大島の瀬戸内町にある東京大学医科学研究所の奄美病害動
物研究施設は1966年、ハブ対策やフィラリア症などの風土病の研究を目的に
設置された。島では今年も11月末までに26人がハブにかまれてケガをした。
その生息状況を調査したり、ハブの血液から治療薬を開発したりする研究に取
り組む。

一方で「ハブが減りすぎたら、生態系に悪影響を与えないかという悩みもある」
と他の野生生物の調査にも取り組む服部正策・助教授(53)。推定生息数は8
万匹。エサの9割は野ネズミで、農作物被害を防いでいる。ハブが競合相手を
駆逐することで生き延びてきた島の固有種も多い。

そんな服部さんは、環境省奄美自然保護官事務所の阿部慎太郎さん(42)の
相談相手。阿部さんは、ハブの天敵として持ち込まれたマングースの駆除に取
り組む。

施設は一時、廃止の話もあった。フィラリア症の根絶などで当初の設置目的が
薄れたからだ。しかし、国内では難しい実験用リスザルの繁殖に成功したことも
あって4年前、サルの感染症実験の役割が加わって生き延びた。ヒトへの安全
性や有効性の確認に必要だが、国内の大学では、エイズ以外の感染症の実験
をサルで行える施設がなかった。

施設長の甲斐知恵子教授(53)は「地理的には日本の端だが、感染症研究の
中心にしたい」と地方からの情報発信に意欲を見せている。(赤池泰斗、杉森純)

国内の東大施設は52か所 東大の施設は、本郷、駒場、柏(千葉県)の3キャ
ンパスを含めて国内52か所ある。最北端が北海道・常呂実習施設で、最南端
が鹿児島・奄美病害動物研究施設。地震研究所だけでも、浅間山や霧島山な
ど15か所に観測所、研究施設を持つ。なお、海外は12月現在、北京代表所や
ハワイのマグナム観測所など12か国に22拠点。