『朝日新聞』2006年12月22日付

「まるでヒトラー」 迷走続く教育再生に有識者委員反発


安倍首相直属の教育再生会議(野依良治座長)が21日の総会で提示した第1
次報告の原案には、教育委員会の見直しや不適格教員の排除などの具体策
がほと んど盛り込まれなかった。原案の作成は「実現可能性」を重視する事務
局が主導したものだが、「独自色」にこだわる有識者委員は「我々の意見が反
映されてい ない」と猛反発。来年1月のとりまとめに向け、首相の指導力がここ
でも問われている。

「まるでヒトラーのようだ。事務局の案と私たちの言っていることが全然違う」

劇団四季の代表である浅利慶太氏は総会後、吐き捨てるように言い、首相官
邸を後にした。原案作成が、官僚中心の事務局の「独裁」で決められたとの受
け止 めで、不満が収まらない。

浅利氏ら17人いる有識者委員の一部と事務局が参加し、素案や原案を練り上
げる運営委員会では「あきれるくらいのスピードで教委を全面的に見直す」「文
 部科学省が用意する教員免許更新の法案にストップをかける」との意見が相
次いでいた。

しかし、教委については、11月30日に示された素案にあった「教育委員に保
護者代表を任命」「教育長は教職経験者に偏らせない」などの具体策は、原
案 では姿を消し、「今後の検討課題」に。「学校再生」をテーマとする分科会
に出席した有識者委員の間では文科省の準備する免許更新制だけでは不
十分との意見 が大半だったのに、不適格教員排除の具体策は盛り込まれな
かった。

当初の素案に盛り込まれた「ゆとり教育の見直し」の文言も消えた。歴代文相・
文科相の決定を否定しかねないだけに事務局が配慮した。大半の委員が賛
同し た「教員の量の確保」も「予算の裏付けがない」と事務局が難色を示した。

第1次報告の素案や原案は、総会や分科会での各委員の発言をもとに事務
局がたたき台をつくり、運営委員会で意見を言い、事務局が書き直す――を
繰り返 し、最終的には事務局がまとめた。

21日の総会は「百家争鳴」状態で、ワタミ社長の渡辺美樹氏は「我々が話し
合ったことが(原案で)触れられていない。会議を報道陣に公開し、そこで総
理 が判断するなら納得できる」と首相に「直訴」。首相は「みなさまの意見をま
とめるのは大変な作業だが、だんだん収束していくと思う」と、理解を求めざる
を 得なかった。

その首相は今月6日、再生会議座長代理の池田守男・資生堂相談役らとの
会合で、「教育改革の意見は出尽くしている。実行できるかどうかだ」と強調
したと いう。有識者委員には「もっと再生会議の独自色を」との思いが強いが、
事務局はこうした首相の姿勢を盾に「立派な作文をしても、実現しなくては意
味がな い」とかたくなだった。

事務局は政策決定過程を熟知する官僚出身者が仕切る。教育改革には、
与党の文教族議員や文科相の諮問機関の中央教育審議会、規制改革・民
間開放推進会議 などが絡むため、慎重になりがちだ。伊吹文科相も21日、
「皆さんがおっしゃったことを国会に出すか、まず行政が判断する。その上
で立法の判断がある」と クギを刺している。

一方、再生会議担当の山谷えり子首相補佐官は21日の原案について「お
おむね方向性は了承された」と述べたが、担当室長に抜擢(ばってき)され
たヤン キー先生の義家弘介氏は「ペーパーは提出されただけ。たたき台
のたたき台」と食い違いも見せる。

首相が掲げる官邸主導が機能しているとは言えない状況だ。