『読売新聞』2006年12月22日付 東大解剖──第2部(4) 赤字でも理想貫く演習林 森林の成長分を選んで伐採して丸太に加工する(東大北海道演習林で) 東大 は広大な山林を持ち、理想の林業を目指す。 北海道のほぼ中央、富良野市にある東京大学北海道演習林の面積は2万2755 ヘクタール。山手線の内側の面積の3・5倍に相当する。「面積で言えば、東 大の99%が演習林です」と梶幹男・北海道演習林長(60)が笑う。 その歴史は古い。1899年(明治32年)、寒冷地の林業の研究や教育を目 的に、国の土地を譲り受けて始まった。農耕に適する土地は農地に開拓すること が条件でもあり、「開拓の先兵」の役割も担った。 ドラマ「北の国から」の舞台になった麓郷(ろくごう)は、冬の森林作業を条 件に演習林内に入植した人が開いた町だ。地井武男さんの演じた中畑木材社長の モデルになった仲世古善雄さん(63)は「戦後の農地解放後も、(麓郷の) 市街地は1966年まで東大が地主だった。テレビが入るまで、電気も東大の 発電所から供給を受けていた」と懐かしそうだ。 かつては、演習林内に木材を運ぶ独自の森林軌道が走り、機関車5台、貨車300 台を保有した。温泉旅館の慰安旅行には150人を超す職員が集まった。 ◎ 大正から昭和初期には、年間10万立方メートル以上の木材を伐採したこともあ るが、約50年前から取り組んでいるのは、森林生態系の保全と持続的な木材 生産の両立を目指した林業だ。 年2%の森林の成長分だけを、樹種のバランスにも配慮して、10年に1度伐採 する「林分施業法(りんぶんせぎょうほう)」。紅葉の季節、演習林の山は、 赤(オオモミジ)、黄(ウダイカンバ)、茶(ミズナラ)、緑(エゾマツ)のモ ザイクとなる。見た目は自然林と変わらず、「長期間、伐採せずに保護してきた 場所と比べても見劣りしない」と梶・林長は胸を張る。 現在の伐採は年3万立方メートル。北海道の国有林は、材木になる木を切り過ぎ て、貧弱化した場所もあるだけに、優等生ぶりが目立つ。同演習林の約3倍の 森林を持つ北海道大の木材生産量は年4000立方メートルほどでしかない。 今では貴重となった内装材用のウダイカンバは、毎年冬の旭川市の銘木市で、高 値で取引される。 しかし、こうした林業経営ができるのは、広大で、多種多様な樹木があればこそ だ。土地は比較的平坦(へいたん)で、林道の総延長は東京までの距離に相当 する930キロ・メートルもあり、伐採などの作業も楽だ。林分施業法の見学者 は絶えないが、険しい山岳地で、土地も狭い多くの林業者には、まねできないの が現実だ。 しかも、これだけ恵まれた条件にもかかわらず、木材価格の低迷などで、この30 年は大量の風倒木を売却した5年間を除いて赤字が続く。臨時職員を含む約 50人の職員で、収入は約1億5000万円あるが、毎年3億円以上の赤字が出ている。 「黒字にするだけなら、たくさん切れば良いが、将来を見据えて理想を掲げ、実 践することが大切だ。森林はみんなの財産。長い目で見てほしい」と訴える 梶・林長。経営に苦しむ演習林の姿は日本の林業の縮図でもある。(杉森純) 東大の演習林は7か所 東大の演習林は1894年に指定された房総半島の「千 葉演習林」が最初。北海道のほか、秩父(埼玉)、愛知、富士(山梨)にもあ る。樹芸研究所(静岡)、田無試験地(東京)を合わせた7か所で総面積は約3 万2000ヘクタール。戦前は、中国、朝鮮半島、台湾、樺太にもあった。地形 や気候に合わせた林業の研究、森林生態系調査、森林の保健休養機能の開発など が目的。季節ごとに一般開放もされている。 |