『毎日新聞』大阪連載2006年12月12日〜21日

岐路に立つ大学:一極集中と関西/1 MBA目指す社会人


大学が岐路に立っている。少子化時代を迎え、特に関西の大学では首都圏以上
に環境が厳しい。若者を集める大学と、卒業後の人材の受け皿である地域経済と
は「車の両輪」の関係。「いざなぎ超え」景気で関西企業の業績は回復しつつある
が、東京一極集中による関西経済の地盤沈下が、大学の基盤を揺るがしている。
大学の周辺を探った。

◇学位取得し、東京へ転勤

大阪・梅田の高層ビル、阪急アプローズタワー14階の関西学院大のサテライトキャ
ンパス。平日の夜間と週末、働きながらMBA(経営学修士)の学位取得を目指す社
会人が集まる。1学年約70人のほぼ半数が30代で、40代も3割程度。業種はメー
カーやサービス、小売り、運輸とさまざまだ。

講義はマーケティングや企業財務、事業システム戦略論など実践的で、大学の教室
とは一味違った緊張感に包まれる。教授は、大丸の奥田務会長や、シャープでAV商
品研究所長を務めた服部宏紀氏ら実務経験のある専門家も招く。

MBAの取得は、社内キャリアアップや転職機会の増加につながり、100万円を超え
る初年度納付金を個人負担して通う人が多い。スーパーに勤務する兵庫県姫路市の
山本盛一郎さん(32)は「会社には出勤時間を早めてもらい、その分早く切り上げて通っ
ている。学費は数年前から計画的に作った貯金と奨学金です」と一念発起した一人だ。

社会と大学を結ぶ専門職大学院にも、関西からの人材流出の問題がじわりと影を落と
す。人口減少は関西の大きな悩みだが、関西の企業はバブル崩壊後、本社や本社機
能の東京移転を加速させた。大学が多い関西は、高校を卒業した「20〜24歳人口」ま
で転入が転出を上回るが、大学卒業後の「25〜29歳人口」から転出が超過する。

関学大専門職大学院・経営戦略研究科の山本昭二教授は「MBA取得後は、東京の本
社に転勤する人が多い。大阪の企業に、いわゆる経営企画部門に所属する社員が少な
くなったからだ」と話す。政府税制調査会会長の本間正明・大阪大教授は先月の講演で
「関西を人が集まってくる地域にすることを真剣に考えなければだめだ。中核になるべき
人材が流出していく。私の学生も、卒業後数年もたつとみんな東京に行ってしまう。景気
が良くなったと安心しているとまた後れをとる」と辛らつに指摘した。

MBA大学院の設置でも、東京に差を広げられつつある。大阪中心部でMBA大学院を
サテライト開講するのは関学大のほか、神戸大、同志社大、立命館大など。20校以上
が丸の内などで開講する東京と比べると、大学数以上の格差がついた。

「大阪では、受講者の全体数は現状が精いっぱい」(関係者)との声もある中、都心部
に拠点を置くコストは重い。また、経営経験のある教員の確保が、一層難しくなる懸念
もある。関学大は人選を経済団体に協力してもらっているが、実際には首都圏から通
う教員もいて、東京勢と人材争奪戦にもなれば苦しい。

環境が厳しさを増す中で、大学は地域の企業との緊密な連携をこれまで以上に求めて
いる。山本教授は、「社会人大学院は、優秀な人材を求める地元企業の利益にもつな
がる。企業はもっと大学院を活用し、支援してほしい。そうでなければ、大阪は都市間
競争で他の地域に見劣りすることになりかねない」と警鐘を鳴らす。=つづく

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岐路に立つ大学:一極集中と関西/2 企業意識し就職支援


◇体制充実、OB参加も

京都・衣笠キャンパスにある立命館大のセミナーハウス。10月からほぼ毎週末、同大
の名物となった1泊2日の「就職合宿」が開かれている。就職をテーマにした合宿自体
が珍しいが、驚かされるのは、卒業生がわざわざ東京などの勤め先から駆けつけて支
援する体制の充実ぶりだ。

5、6人ずつに分かれた3年生のグループに、卒業生が1人ずつ付いて自らの就職体験
を語り、後輩の相談に乗る。文学部3年の上村知世さんは「初めて就職についてじっくり
考えた。なんとなく就きたい仕事はあったけど、もう少し時間をかけて決めなければ……」。

今年は年末まで計10回開催し、人文・社会系学部だけで計600人の3年生が参加する。
大学院進学希望者らを除いた学生の約15%が実費3500円を自己負担し、就職活動の
出発点にする計算だ。12年前の「超氷河期」と呼ばれた女子の就職対策が合宿の始まり。
立命館大は「企業側から見た大学の社会的評価」と就職を位置付け、取り組みを広げてき
た。

以来、卒業生が合宿や就職イベントを支援する体制を築き、個人の資格で「キャリアアドバ
イザー」に登録するOBは2000人を超える。今年内定した4年生も合宿運営を手伝う。内
定後も社会人になる準備を続け、早期離職を防ぐ。経済界も「立命館はすごい。徹底して
いる」(大手商社)と評価する。

今月2日からの合宿には卒業生9人が参加し、うち7人が東京から土曜早朝の新幹線な
どで駆けつけた。東京の人材派遣会社に勤める33歳の女性は、最初の年の合宿参加者。
「私自身が就職難の中、合宿でいろいろ考えさせられた。お世話になった大学への恩返し」
と話す。

バブル期並みの大量採用となった今年は、学生に楽観ムードも漂う。だが、東京への経済
一極集中が続き、難関私大は就職支援の手は緩めない。立命館大キャリアセンターの折田
章宏課長は「一極集中が変わらないなら、首都圏の大学との競争を意識せざるを得ない。東
京在住の卒業生はOB訪問でも協力を頼める。就職をキーワードに大学と学生、卒業生がつ
ながるネットワークが立命館のスタイルとして定着してきた」。

神戸女学院大も、来年から2年生以上を対象に、就職支援が目的の「キャリアデザインプログ
ラム」を導入する。既存科目に社会人による講義などを加えたマスコミやアート関係などの4コー
ス。ただし、合計の定員は学年の約1割の60人で、成績上位者しか履修できないなど条件
は厳しい。

上野輝将文学部教授は「一面的な職業教育は困るが、世の中の大学が実学に流れ、資格
や就職に学生や父母の関心は高い。少人数制で鍛え、幅広い教養を持つエリートとなる人
材を育てたい」。教養主義を掲げてきた「お嬢さん大学」の代表さえも、思い切った一歩を踏
み出そうとしている。=つづく

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岐路に立つ大学:一極集中と関西/3 採用グローバル化


◇在阪企業も東京志向

「待ちの姿勢じゃいかん。アメリカの大学を回ってきたらどうか、と上司にはっぱをかけられて
いるんですよ」。ダイキン工業人事部の山田智彦・採用担当部長は来年の新卒採用に向け
て留学生の掘り起こしに渡米を検討していると明かした。

エアコン国内トップに成長したダイキンは、マレーシアの空調大手の買収を表明。エアコン世
界2位に浮上し、世界最大の北米市場への本格参入に向け、グローバル戦略が加速する。
人事、財務、法務など両社のマネジメントも融合する。山田部長は「バイタリティーのある人
材がほしい。海外で自力で頑張る留学生には、語学力とフットワークの軽い人が多いから。
極端に言うと、日本人でなくても構わない」。

就職説明会などで好評だった商品キャラクター「ぴちょんくん」のポスターも、今秋から封印し
た。そのイメージが好きと応募してくる学生は優しいタイプが多く、求めている「グローバル競
争で戦える人材」と「ずれ」が生じてきたからだ。

当然、東京での採用にも力を入れる。関西に軸足を置く企業の共通の悩みとして、首都圏の
学生の間で知名度が低い。学生視聴者が多い深夜の音楽番組に東京地区限定で企業CM
を流している。

神戸製鋼所は、自社手作りの就職ガイダンス「鉄人スクール」を昨秋から開催中。「鉄鋼志望
でなくてもいい。まずは学生を集めて就職活動の仕方をアドバイスし、そこで神鋼の名前を覚
えてもらう」(人事労政部)。

大阪大出身の犬伏泰夫社長は「うちは伝統的に関西の大学出身者が多い。それは大事にし
ているつもり」と話すが、このイベントも東京と神戸の両本社で開催。東西のバランスに配慮し
つつ「東京での知名度をもっと上げたい」が、担当者の本音だ。在阪企業は、新卒採用で学生
の多い東京へ目を向けざるを得ない。

一方、景気回復を受けて、関西の部門を再び強化する企業もある。日本生命保険は管理強化
のため、大阪本店などの事務部門の総合職を来年4月までに200人増やす。採用に直接影響
しないが、理系の事務システムや東京にしかない経営企画部門も一部戻し、「大阪回帰」の要
素もある。

三菱商事は本社機能のバックアップも考え、今年から東京を除く全国6の地方支社の新卒採用
権限を関西支社に持たせた。首都圏以外の大学からの内定比率は前年よりアップ、関西での内
定者も7人増えた。

とはいえ、関西経済が低迷したこの10年間で、関西の学生の東京志向が強まった。「関関同立」
で東京の企業に進んだ比率は、関西大は25%から29%▽関西学院大は32%から44%▽同
志社大は36%から41%▽立命館大は25%から36%に。

関西大の担当者は「少子化で親元を離れられない地元志向と二極化しているが、東京志向は今
後も変わらない」。にわかに広がる関西での採用増にも、反応はクールだ。=つづく

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岐路に立つ大学:一極集中と関西/4 関大にOB支援室


◇京大も本腰、プロ登用

再就職の相談に訪れた卒業生は、昨年11月の開設から1年余りで1700人
に−−。関西大がバブル崩壊後の“就職氷河期”に苦戦したOBや職業のミ
スマッチなどで転職を希望する人向けに作った「卒業生就業支援室」に求職
登録を行った開設以来の総数だ。就職の相談は年明け以降に増加するため、
今後も増える見通しだ。

全国でもほとんど例がないこの支援室は、「より就職に強い大学」を掲げ、人
材派遣大手パソナのグループ会社と契約して設けた。相談は卒業生なら年
齢不問、無料だ。

「夜勤が続き心身ともにきつくて」と、情報系のメンテナンス業務の会社を辞
めた男性(28)は、化学製品メーカーへ再就職した。「工学部を卒業して技術
職で入ったのに、配属先は工事現場の監督業務だった」という男性(27)は
学術研究関連の団体へ。「関西配属を希望したが、東京勤務を命じられた」
女性(23)は、地元で働ける生命保険会社に転職した。

00年に0・99倍と1倍を割った大学新卒者の求人倍率は、07年は1・89倍
に(リクルートワークス研究所調べ)。関大で再チャレンジを抱く卒業生の約
7割が20歳代だ。

関大キャリアセンターの吉原健二事務部長は「あくまで大学全体の就職支
援の一環で、転職は原則として勧めていない」としつつ、「厳しい時期に就
職し、より良い条件での転職を考えている卒業生を支援したい」と取り組み
を語る。

ただ、転職希望理由は十人十色。個別事情に大学としてどこまで対応でき
るかという問題もあり、卒業生支援は氷河期からの「パンドラの箱」を開け
た一面もある。

「京大にも京大なりの就職面での課題がある。実情を知られてはいません
けどね」。そう語るのは、今年7月に京都大が公募したキャリアサポートセン
ターの初代センター長に就いた鱸(すずき)淳一さん。毎日コミュニケーション
ズで「毎日就職ナビ」編集長を務めた就職業界のプロだ。

課題の一つは、学生に幅広く企業を知ろうという意欲が低いこと。京大4年生
で公務員を含めて就職する人はたったの23%。6割以上が大学院に進学す
る。鱸さんは「就職活動に割く時間も熱意も、私大生とは比較にならない。京
大ブランドと期待されるが、放っておいたら、入社後に評価を下げる」と危惧
(きぐ)する。

もう一つが大学院生の就職。特に博士課程後のポスト・ドクター問題だ。06年
の全国の大学院(修士課程)の入学者数は7万7000人と、10年前より2万人
も増えた。だが、少子化時代で大学の研究職は簡単にはなく、研究室が就職
先の企業を世話する力も落ちている。

鱸さんは「企業には京大生が欲しいなら、院生を見てくれと話している」という。
そもそも就職課がこれまでなかった京都大には、「就職をそこまで心配する必
要はない」との声も依然ある。どこまで切り込めるか。模索は始まったばかりだ。
=つづく

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岐路に立つ大学:一極集中と関西/5 「空白地」の大阪市


◇政策ミスで「知」流出

大阪府の推計人口が今年6月、ついに神奈川県に抜かれた。統計開始の1963
年以来、初めて東京に次ぐ座から転落したのだ。その一因に、中心の大阪市を
「大学の空白地」にしてしまった政策上のミスがある。

JR大阪環状線の内側に、キャンパス本体がある4年制大学は大阪女学院大だ
けだ。64年施行の工場等制限法(02年廃止)を受けて相次いだ大学の郊外移
転に、大阪の自治体は近年まで無自覚だった。元大阪府立大副学長の宮本勝
浩関西大教授は「大阪は自治体財政が傾き、企業も長く景気が悪かったため、
産官学を掲げながら学生を街に誘い込む手が打てなかった」と指摘する。

関西は関東に匹敵する知的集積地といっても、市内に大学が密集する京都市
や神戸市を含めた阪神間に比べ、大阪市は見劣りする。同市の企業誘致担当
者は「大学の多さは街の魅力で、企業誘致にも有利。特に外資系企業は知的
集積を気にする」とぼやく。

推計人口の3位転落後、太田房江大阪府知事は「都市の魅力は経済活動や
雇用、歴史や文化などで総合的に判断すべきだ」と平静を装った。だが、大学
の都心部からの流出で、文化基盤が低下したのではないか。関西学院大経済
学部の高林喜久生教授は「関西の地盤沈下と言いつつ、その多くが大阪の問
題だ。もっと危機感を持った方がいい」と指摘した。

これに対し、神戸市のポートアイランドには来春、3大学がそろって開校する。
隣接して建つ神戸学院大と兵庫医療大、神戸夙川学院大は垣根を設けず、学
生がホールや食堂、店舗を共同利用できる珍しい「助け合い」型の運営を目指
す。

用地はコンテナヤード跡。神戸市西区の校地が手狭になった神戸学院大が落
札。続いて西宮市の兵庫医科大が夙川学院に共同進出を持ちかけ、兵庫医科
大が医療大、夙川学院も大学を作る話がとんとん拍子に進んだ。近年は住民の
高齢化に頭を悩ませる人工島に、3大学で計約4000人(初年度)が通学する新
しい街が誕生する。不動産評価額を上回る約187億円で土地を売った神戸港埠
頭公社の藤本卓也経営振興課課長代理は「若者が増えて産学連携の拠点にな
る。周囲の反対もなく、みんながハッピー」と喜ぶ。

大阪市も遅ればせながら、巻き返しを図る。今年度は、全国初の大学誘致に特化
した助成制度を作った。当面はサテライト型キャンパスの誘致を目指す。そんな大
阪市でくすぶり続けるのが、慶応義塾大が中之島に社会人向けビジネススクール
を作るという話。昨年10月、関西経済連合会の秋山喜久会長が計画を明かして注
目された。その後、「関西の大学は当然、猛反対」(私大関係者)の中、音なしで1年
が過ぎた。そして先月、慶大は共立薬科大との合併を発表した。大阪市の関係者の
一人は、「これで、大阪進出は先送りかも」と肩を落とした。=つづく(次回は19日に
掲載します)

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岐路に立つ大学:一極集中と関西/6 ソフト産業の育成


◇人材流出、断ち切れ

“デジタル映像の甲子園”を、関西に育てる試みがある。映像コンテンツ(情報の内
容)やアートの全国学生コンテスト「BACA−JA(ブロードバンドアート・アンド・コン
テンツ・アワードジャパン)」で、放送と通信の融合時代をにらみ、デジタル文化の担
い手の発掘と育成を目指す。在阪テレビ局が主催し、総務省、経済産業省などが後
援する。

5年目を迎えた今年の映像コンテンツ部門最優秀作は、京都精華大大学院の卞在
奎(ビョンゼェキュウ)さんの作品だ。京都市立芸術大、大阪電気通信大、神戸芸術
工科大も受賞者を出した。ユニークな工芸・デザイン分野の学科を備える大学の多
い関西には、感性の優れた若者が集まる。立命館大も来春、映像学部を開設する。

「でも、いかんせん関西には活躍の場がない。クリエーターの卵の多くが卒業後、東
京に行ってしまう」と、コンテストを運営する「スーパーステーション」(大阪市)の副社
長で、審査員も務める田崎友紀子さんは嘆く。

関西経済連合会は03年、「人材を有する関西においてコンテンツビジネスを振興し
ていくことが重要」との意見書を作ったが、具体策が見えてこず掛け声だけ。田崎さ
んは「大きな場でなくてもいい。大阪の、できれば都心部に、集まって制作を続けら
れる環境整備が必要です。東京の杉並区役所なんて、『アニメ係』まであるのに」。

国内のアニメ制作会社の約2割にあたる約70社が集まる杉並区は、アニメ・新産業
係を置き、人材研修や施設・機材の貸し出しもする。会社の大半が中小で、制作現
場を支える必要がある。田崎さんは、こうした取り組みがうらやましい。

関西に働く場がない点で同じ悩みを抱える組み込みソフト産業では、財界と大学が
ともに考える場ができた。関西経済同友会が、6月に設けたソフト産業振興委員会
だ。

組み込みソフトは、デジタル家電や携帯電話で機器の動作を指示するなどして基本
機能を支える。経産省によると、国内に関連の会社は11万社あるが、東京に集中
する。専門技術者の不足は約9万人に及ぶ。大阪は事業者数こそ東京に次ぐが、
規模は小さく売上高は東京のほぼ10分の1だ。このため、関西からの人材流出は
激しい。

同委員会は、松下電器産業、シャープなどデジタル家電大手が本社を構え、ロボッ
トなど理工系研究も先端を行く特長を生かし、関西をソフト産業の集積地にできな
いかと知恵を絞る。大阪大と奈良先端科学技術大学院大の研究者が、アドバイザー
として参加。学生や社会人技術者の育成、会社が集積しやすい制度作りなどを研
究している。

電機大手の工場が全国に分散していることや、組み込みソフトという実用技術研
究を大学がどれだけ担えるかという課題はある。しかし、委員長の大竹伸一・NT
T西日本常務は「工夫して、大阪に仕事がないから東京に、という負の連鎖を断
ち切りたい」と言葉に力を込める。委員会は来年2月に提言をまとめる。=つづく

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岐路に立つ大学:一極集中と関西/7止 中小企業との連携


◇女性後継者を育成

「女性経営者・後継者の第1歩を踏み出す」と銘打った女性経営者育成の公開
講座が今月7日、阪南大で始まった。同大が地元・大阪の中小企業経営者の
団体「大阪府中小企業家同友会」(会員約2700社)と連携する中で、女性経
営者を増やすことが深刻な後継者難への対策になるとの期待を込めて開講した。

大阪市の淀屋橋サテライトキャンパス。19歳の学生は「父が会社を経営している
ので、経営を勉強したい」と受講を決めた。「主婦から一転、後継者として会社経
営に携わることになった」という50歳の女性もいた。来年2月までの10回、経営
の基礎、ブランド戦略などのほか、後継者問題の現状、各種の中小支援策などを
学ぶ。

阪南大は、中小企業家同友会との間で交流を深めてきた。昨年から中小の経営
者向けに経済学、経営学などを講義する「同友会大学」を夜間に開催。「教員と経
営者の距離が縮まれば、理論と実践の関係も深まる」と、今年は経営者が教壇に
立つ寄付講座も始まった。

関西には中小企業が集まるが、中小と大学の産学連携は遅れが目立つ。04年度
の文部科学省の調査では、関西の国立大と民間企業との共同研究件数に占める
中小企業の比率は22%と意外なほど低い。中部の31%に水をあけられ、全国平
均(29%)も割り込む。

その中小企業の一番の悩みが後継者難だ。阪南大が6月に中小企業家同友会の
会員会社に実施したアンケートでは、「後継者がいる」と回答した中小経営者は46
%だけ。しかも「後継者の性別」は91%が男だった。阪南大の大槻眞一学長は「中
小企業の後継者育成は、商都・大阪の大学にとって社会責任であり使命。特に親の
後継ぎとなりにくい女性に焦点を当て、会社の経営を実践的に学べる場をつくりたい」
と、公開講座の狙いを話す。

そのうえで、大槻学長は「公開講座として軌道に乗せ、完成度を高めたい。将来は体
系化し、コースか学科として大学に取り込むことも検討したい」と明かす。商学部を源
流とし男子学生が8割を超える阪南大に、経営者を目指す女子学生を専門に育てる
コースを開設したい、という構想だ。

大阪産業大でも来年から、服飾業界に人材を送り出すことに特化した女子だけのア
パレル産業コース(推薦入試のみ)を経営学部に設置。洋服のデザインや製作体験、
企業視察、海外研修を通して一業界に通用する実用知識を教える。

こうした実学に傾く傾向を「大学の専門学校化」と呼ぶのはたやすい。阪南大の大槻
学長は「中小にもすばらしい企業があり、経済の根幹になっている。就職で『子どもは
大手に入れたい』という親御さんの気持ちは社会通念として否定できないが、将来の
選択肢となることも大学教育を通じて教えていきたい」。大学の生き残りをかけた時代
を、地元中小企業との二人三脚で走り抜けようとしている。=おわり

 ◆  ◆  ◆

この連載は荒木功、井出晋平が担当しました。

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岐路に立つ大学:一極集中と関西 理事長に聞く 立命館・川本氏、関西大・森本氏


連載企画「岐路に立つ大学」は、東京一極集中と関西経済をキーワードに、関西の大
学の現状を探った。連載を終えて、大学改革の先頭ランナーといわれる学校法人・立
命館の川本八郎理事長と、これを追って動き出した関西大の森本靖一郎理事長の2
人に今後の大学運営を聞いた。【聞き手・荒木功】

◇「全入」をチャンスに−−立命館・川本八郎氏

−−一極集中は、関西の大学には不利な競争条件です。

◆東京一極集中なんて、日本が後進国と証明しているようなもの。いずれは是正され
るし、長期的には楽観していい。東京以外の地方の大学もあくせくすることはない。た
だ、場所はローカルでも発想はグローバルでなければいけない。国際化は東京だけ、
という考えは間違いだ。

−−立命館をはじめ付属小学校開校の動きが目立ちます。早期の内部進学者獲得が
狙いですか。

◆それもあるが、節度、礼儀をわきまえた子どもの教育を初等からやりたいと思ったた
めだ。少人数制の小学校はもうかるものではないが、採算や経済的効率ばかり考えた
ら大学は前に進めない。改革も止まってしまう。

−−学園全体で得られるものとは。

◆昔はエリートのものだった大学は、今はだれもが入れる。にもかかわらず教育の内容
が変わっていないことが問題だ。小、中学の教員は教育のプロ。一貫教育にすれば、大
学の教員がそれから教わる機会ができ、大学教育も変わる。

−−大学の淘汰(とうた)が始まるといわれますが。

◆日本は素晴らしい時代を迎えると考えといたらいい。大学入学を希望する人が全員入
れる国はほかになく、国民が実力アップする条件が整っていく、と。学内では「今はチャン
スと思え」と話している。

◇ブランドに安住せず−−関西大学・森本靖一郎氏

−−慶応大が11月、共立薬科大と合併を発表しました。

◆慶応大は医学部を持つ総合大学としての道筋をつけたと感じている。ただ、学校の合
併には大が小をのみ込むような印象もあり、そこが気になる。それぞれ歴史や立場があ
り、卒業生もいる。母校というものは変えることができない。

−−関大も大阪・高槻市の他大学との協力を模索していますね。

◆大阪医科大と大阪薬科大との間でホールディングス(持ち株会社)のような協力関係
を築けないかと提案し、話し合いを始めている。まずは教学連携。医・薬分野の専門教員
に関大で授業してもらい、関大からは主に文系の教養分野の教員を貸し出すなど、互い
の弱点を補うことから始めたい。図書館の共同利用も可能だ。合併などでなくても関係が
強まれば、そこからおのずと出てくるものがあるかもしれない。

−−「関関同立」のブランドは安泰ですか。

◆いや、この四つの大学が10年先もあるかどうかさえ分からない。私は本当にそう思って
いる。だから、足腰を鍛え、改革をしないといかん。

−−やはり少子化時代は厳しい。

◆18歳人口の激減は大学には大きな危機だ。しかし、大学の入学者は18歳だけとは限ら
ない。女性や60歳を過ぎて引退した人にも学びたいと考える人は多く、年代を広げれば対
象は無尽蔵だ。