『読売新聞』2006年12月20日付 東大解剖──第2部(2) 標本貸し出し 街に知性を 興和不動産の応接室に展示されている東大所蔵の動物の骨格標本 東大に集め られた学術標本が街に飛び出す。 白(方解石)、赤(紅鉛鉱(こうえんこう))、黄(硫黄)、紫(紫水晶)、緑(孔雀石(くじゃ くせき))。色鮮やかな天然鉱石が、東京都港区にある興和不動産本社役員応接室 の、黒を基調とした現代的な空間を彩る。 別の応接室に飾られたハタネズミやイノシシ、ニホンジカなどの骨格標本、磨製石器、 木製の船形模型なども、空間に不思議なアクセントを加えていた。 すべて東京大学の研究者らが世界中から集め、総合研究博物館で保管してきた学 術標本だ。収集や展示だけでなく、積極的に外に出して空間を知的に変えてしまお うという「モバイルミュージアム」の第1弾だ。 展示場所に合わせて大学がふさわしいものを厳選。天然鉱石には透明なアクリル製、 磨製石器には真ちゅう製の台を特注した。興和不動産は3年間毎年1200万円を寄 付して、この移動博物館計画を支援する。 計画段階では「応接室にネズミの骨?」といった戸惑いもあったが、展示してみると客 との会話が弾むきっかけになった。「こんなことが可能なのか」と空間作りのプロもうな らせる。 来年1月からは興和不動産が持つ複合ビル「赤坂インターシティ」の1階ロビーでも、明 治初期に輸入された世界最大の金塊の教育用模型や、ペンギンの骨格標本などを展 示する。展示内容は半年ごとに見直す。 ◎ 総合研究博物館は開館から10年で60回以上の企画展を開いてきた。しかし、本郷キャ ンパスの本館と、4年前にできた小石川分館を合わせても、来場者は年間8万人ほど にすぎない。 モバイルミュージアムを企画した西野嘉章教授(54)には「人が来ないのなら、自ら飛 び出して、本物に触れてもらう機会を作ろう」という思いがあった。「公立博物館も、県 庁や学校の空き教室を使って、こうした試みができるはず」とも呼びかける。 視点を変えることで、博物館の所蔵品は新たな価値も生む。 例えば、資源探査を目的に第2次大戦後、国内で行われたボーリング調査のサンプル。 総合研究博物館には約5万本も残されている。地下深くの高温、高圧、無酸素の特殊 な条件は、未知の微生物や細菌の宝庫として再び注目されている。 また、博物館には100万点を超える植物標本(押し花)があるが、標本を乾燥させるの に使った新聞紙も貴重な資料だ。2万点以上を整理したところ、北はモンゴル、サハリン から、南はマレーシアまで、明治以降の各地で発行された新聞が400紙もあった。旧植 民地の現地語の新聞、日本語との併用版など、貴重なものも数多かった。保存状態も極 めて良好だ。 西野教授は「記事や写真はマイクロフィルムなどで保存できても、『もの』としての新聞は 『新聞紙』でなければ残らない。標本そのものにとってはゴミだったものが、宝に生まれ変 わる」と説明する。 所蔵品はこれからも宝の山だ。(杉森純) 総合研究博物館 前身は1966年に学内共同利用施設として誕生した総合研究資料館。 96年に改組、研究・教育双方を重視する国内最初の大学博物館として誕生した。所蔵標 本数は300万点を超える。研究部と資料部があり、研究部は、学術標本の収集・整理・保 全を担うキュラトリアル・ワーク研究系、学術標本の有効利活用を図る博物資源開発研究 系、教育研究成果を発信する博物情報メディア研究系に分かれている。 |