『毎日新聞』大分版 2006年12月18日

おおいた評論:治らぬ悪弊 /大分


教育基本法が、あっさりと「改正」された。審議が続いているというのに、各
新聞は早い段階で「今国会成立へ」と報じた。教育への国の統制が強まらない
か。愛国心が強制されないか。疑問を検証する記事は、「成立へ」と報じられ
てからはバッタリ減った。

弊紙の先輩、故・池田一之さんの著書「記者たちの満州事変」を再読した。
1931年9月18日、旧満州(現中国東北部)の奉天で満鉄線が爆破され、
関東軍は中国側の仕業だとして軍事行動を起こし、新聞も連日、関東軍支持の
号外合戦。敗戦に至る新聞の戦争協力の、原点となった事件を追った本だ。

満鉄線爆破は関東軍の自作自演の謀略。それを見抜いていた記者がいたことを、
池田さんは紹介する。しかし戦争熱に舞い上がった新聞は一顧だにしなかった。
池田さんは敗戦時17歳。空襲で焼き出されて路頭に迷い「侵略戦争を聖戦と
信じて疑わなかった愚かな己に対する憤り」から記者として、新聞の戦争責任
を問い続けた。こう嘆いていたという。

「日本の新聞は、結局、先読みなんだね。いい悪いではなく、現実がどこに向
かうかを先読みしてしまう。満州事変がそうでしょう。(謀略と見抜いた記者
はいたが)その時には満州事変はすでに既成事実化して、関心はもう関東軍の
次の行動に移っていた」「既成事実を前提に先を読むから、どんどん後退する
わけ。止めることができなくなる」

既成事実の「追認」と「先読み」。池田さんが指摘した新聞の悪弊は、治って
いないと断ぜざるを得ない。教育基本法「改正」案が衆院を通過した後、大分
市の街頭で手にした「改正」反対のビラには「国会前では連日、抗議のデモや
集会が続いています」とあったが、それらの動きを伝えた新聞をほとんど見な
い。タウンミーティングの「やらせ質問」発覚で、国民の声を聞いたという政
府・与党の論理も崩れたはずだが、追及は弱かった。基本法「改正」を既成事
実化し、成立時期の先読みに終始したのではなかったか。

参院でも採決直前に公聴会が開かれたが、出された意見はまたしても、審議に
は反映されなかった。さすがに河野洋平・衆院議長が公聴会制度の見直しを提
言、各党が協議を始めたという。しかしこれもまず、新聞が問題提起すべき話
だったはずだ。何とも気分の重い、年の瀬である。<大分支局長・藤井和人>