教育基本法関連新聞コラム集


『西日本新聞』春秋 2006年12月15日
『徳島新聞』鳴潮 2006年12月15日
『朝日新聞』天声人語 2006年12月16日
『中国新聞』天風録 2006年12月16日
『岩手日報』風土計 2006年12月16日
『上毛新聞』三山春秋 2006年12月16日
『新潟日報』日報抄 2006年12月16日
『北國新聞』時鐘 2006年12月16日
『岐阜新聞』編集余記 2006年12月16日
『愛媛新聞』地軸 2006年12月16日


『西日本新聞』春秋 2006年12月15日


 教育や司法の改革に向けて政府が行ったタウンミーティングのでたらめの数々
が、最終報告書で明らかになった。種々の「やらせ質問」を用意し、反対論者
は事前に排除する。おまけに開催費用は不明朗のてんこ盛り。

▼子どもは大人を見て育つ、などといまさら言うのも面はゆいが、大人社会で
範を垂れるべき人たちがこの体たらくだ。国の骨格となる法律をつくり、税金
の使い方を決める国会議事堂や霞が関周辺で働く人たちのことである。

▼議事堂内に目を移せば、学級崩壊を再現したような光景が議場を支配してい
る。先月末にはこんなお触れも出回った。「ベルが鳴ったらすぐ着席し、新聞
や本を読まないように。携帯電話は…」。

▼平成18年の日本の中枢は「反教育的」な光景を次々に映し出しながら暮れ
ようとしている。反面教師にも事欠かない。なにかにつけて「いまの若いもん
は」と言う。道徳や愛国心を持ち出す。自分たちがしたことは棚に上げる。

▼愛国心を前面に出した教育基本法改正案がきょうにも成立する運びとなった。
これまでの審議を通して自民党は「改正せよというのが国民の声だ」と主張し
てきた。やらせ質問が明るみに出たあとで聞くその言葉はうそ寒い。

▼国を愛せと言う人たちの世界で起きるあれこれが、言われなくたって誰しも
持つ国を愛する心を、逆に壊していくなかで基本法が変えられていく。構図の
皮肉さでも記憶されるだろう。

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『徳島新聞』鳴潮 2006年12月15日


 教育基本法改正案が、参院特別委員会で与党の賛成多数で可決された。一九
四七年の制定以来、約六十年ぶりの同法改正が、今国会で確実となった

 改正案には「公共の精神」や「国を愛する態度を養う」(愛国心)など、国
家に軸足を置いた文言が目立つ。安倍晋三首相は、「新しい時代にふさわしい
教育基本法に改正し、制定せよというのが国民の声だ」と述べたが、果たして
そうだろうか

 教育現場には批判が強く、国民の間にも慎重審議を求める声が多かった。
「新しい時代にふさわしい」どころか「戦前回帰」を懸念する声も根強くある。
現在の教育基本法が、国民を戦場に駆り立てた戦前の軍国主義教育への反省か
ら生まれたからである

 そんな国民の批判を無視した強行採決は、数の横暴以外の何物でもないだろ
う。しかも、教育改革タウンミーティングでは、「やらせ質問」で世論を誘導
していたというのだから、「教育」が聞いてあきれる

 この日、委員会で可決された防衛庁の「省」昇格関連法案にも、教育基本法
改正案と同じような危うさが感じられる。安倍首相の視線の先には、憲法改正
がちらついているに違いない

 首相がめざす「美しい国」の正体が少しずつ見え始めた。「美しい」どころ
か、やらせも絡んだ改正案に基づいて、教育を受けさせられる子どもこそ、い
い迷惑だ。

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『朝日新聞』天声人語 2006年12月16日


 フランスの作家で啓蒙(けいもう)思想家のルソーは、著書『エミール』で
理想的な教育のあり方を熱っぽく語った。自然を偉大な教師とし、子どもの本
性を尊重することを説く。

 そして最もよく教育された者とは、人生のよいこと悪いことに最もよく耐え
られる者だと述べる。「だからほんとうの教育とは、教訓をあたえることでは
なく、訓練させることにある」(岩波文庫・今野一雄訳)。

 従って、教える側に対しては厳しい。「一人の人間をつくることをあえてく
わだてるには、その人自身が人間として完成していなければならない」という。
これでは、資格のある人はまず居ないのではないかと考えてしまう。しかし、
教育の根本を、それほどまでに厳粛なものととらえていた姿勢は、胸を打つ。

 教育基本法の改正を巡る国会の動きを見ていると、残念ながら、教育の根本
を扱っているのだという厳粛さが伝わってこない。審議の質は、これまでにか
けた時間だけでは測れないはずだ。

 ましてや、この改正と密接に関係する政府主催の教育改革のタウンミーティ
ングには「世論誘導」が指摘され、そのあきれた実態が明らかになったばかり
だ。首相や文部科学相が報酬を返納し、文科省の幹部職員ら多数が処分された
ことを軽く見過ぎてはいないか。

 処分が出たからといって、あの「世論誘導」の集まりそのものが消滅したわ
けでもない。教育の現場や子どもたちに、国会の動きはどう映っただろうか。
子どもたちや、そのまた子どもたちの未来にかかわる法案にふさわしくない、
性急な採決だった。

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『中国新聞』天風録 2006年12月16日

教育基本法の改正


 いわゆる「国旗国歌法」はきわめて簡潔な法律である。「第一条 国旗は、
日章旗とする。第二条 国歌は、君が代とする。」という二条だけだ▲広島県
立世羅高校の校長が自殺したのをきっかけにして、一九九九年八月に制定され
た経緯がある。その当時の野中広務官房長官は「個人に強要しない」と約束。
「(国旗などは)アジアの多くの国々を戦争に巻き込んだ歴史を刻んでいる」
とも語った▲ところが、いったん法律ができると状況は変わる。東京都教委な
どが国旗への起立、国歌斉唱を教職員に強制し、裁判になっている。安倍晋三
首相は「国旗国歌の意義を理解させ、尊重する態度を育てることは重要なこと」
と強制に対する慎重さはうかがえない▲その安倍政権が「最重要」と位置付け
て強行したのが、教育基本法の改正である。「国を愛する態度」「公共の精神」
「道徳心を培う」などを打ち出し、教育に対する国の統制強化の思惑がにじみ
出ている。なぜ今なのか。疑問や不安、賛否両論が渦巻く▲改正にむけて政府
が行ったタウンミーティング。やらせ質問、大量動員、ずさんな運営経費とて
んこ盛りだ。精神科医師のなだいなださんは「道徳教育をするには見本が必要
だが、改正したがっている人たちがやったのはタウンミーティングのやらせだ」
と皮肉る▲国旗国歌法の例がある。法律を盾に政治が教育内容にまで口を出す
ようになっては、禍根を残すことになりかねない。

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『岩手日報』風土計 2006年12月16日


 毎年、県内外の河川や湖沼の決まった場所で羽をたたむ白鳥のように、流転
が常の人生にも、よりどころは必要だ。それは例えば親や祖父母の愛情だろう。

▼子を授かって親となっても、親らしい親になるのは難しい。いい親になろう
とあがく過程で重ねる過ちを、子は許してくれると思いたい。「罪を憎んで人
を憎まず」というが「常に実践しているのは子どもだ」との言葉を聞いて、う
なった記憶がかつてある。

▼教育基本法は1947年3月の公布から60年を目前に、何とも慌ただしく
改正された。「教育の目標」として公共の精神や伝統文化、愛国的態度の養成
などを条文化。生涯学習や義務教育の理念などを新設し、現行の全十一条から
全十八条とする全面改正だ。

▼やはり新設の第一〇条では「父母その他の保護者は、子の教育について第一
義的責任を有するものであって…」と親の責務に言及。その自主性を尊重する
−としながら国や地方行政の支援も規定した。当然のことが法律に載ること事
態、正常な世の中とは言えまい。

▼家庭教育の「自主性」も、国の支援の仕方によっては一方向になびきはしな
いか。心は評価不能でも態度なら可能ではないか−。市井の疑問に十分な回答
もないまま、今国会は事実上、バタバタ幕を閉じた。

▼「よりどころ」に強制は全くそぐわない。それだけは肝に銘じ、教育に明る
い展望を見いだしたい。

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『上毛新聞』三山春秋 2006年12月16日


▼ 大正から昭和にかけて本県の小学校教育現場で悲劇的な人生を歩んだ教師に
テーマを絞った一冊の本が出た。富士見村在住の元小学校長、柳井久雄さん
(79)が著した『教員哀史』(寺子屋文庫)だ

▼上毛新聞紙上に萩原朔太郎の詩集の書評を載せて処分された教員、「奉安殿」
に雨水が浸入しけん責された校長、宿直勤務中にカスリーン台風で家族六人を
一度に失った教員など、逸話が並ぶ

▼本県の教育界の「裏面史」ともいえる内容には、かつて勤務評定反対闘争で
逮捕され、生まれ育った村を追われた著者自らも登場する

▼「学校にはいろんな児童生徒がいる。先生もいろんな人がいていい」と柳井
さんは明言する。不自由な体を押して、電話を介し仙台にいる長女に口述筆記
してもらい、二年かけて刊行にこぎつけた教育者の言葉だ

▼改正教育基本法が成立した。政府、与党が今国会で最重要視していた法改正。
「公共の精神」を前面に打ち出し、戦後続いてきた個人重視の理念の転換を迫
る内容だ

▼文部科学省によると、背景には子供のモラルや学ぶ意欲の低下、家庭や地域
の教育力の落ち込みなどがあるという。そうした当面の課題に対し、改正教育
基本法は果たして有効なのか。将来の日本を担う人材の育成にふさわしい法な
のか。注視していきたい。

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『新潟日報』日報抄 2006年12月16日


 「教育は国家百年の大計」というが、この国の教育理念はなぜそこまで持た
ないのだろう。一八九〇年に発布された教育勅語は戦後廃止され、一九四七年
に教育基本法が制定された

▼準憲法的性格を持つとされた基本法も、十五日に改正法が成立して性格が大
きく変わった。教育勅語、教育基本法ともに、六十年弱で廃止または改正の大
波をかぶったのである。教育勅語廃止の理由は明確だった

▼明治十年代に本紙の前身である新潟新聞の主筆を務め、後に憲政の神様とい
われた尾崎行雄は敗戦の焦土の中で訴えた。「日本の教育は生きることよりも
死ぬことを教えた。戦争道徳は鼓吹したが、平和道徳はお留守になった。今日
以後の民主教育は、自由と平和道徳を主としなければならない」

▼国民の期待を担って制定された教育基本法を、今なぜ改正しなければならな
いのか。その理由が、国会審議では最後まではっきりしなかった。基本法の前
文の変更を、憲政の神様はどう見ているだろうか

▼「真理と平和を希求する人間の育成を期する」から「平和」の二文字が消え、
代わりに「正義」が加えられた。正義という言葉は、戦前の日本軍部やイラク
攻撃を強行したブッシュ米大統領のように、権力が国民を戦争に駆り立てると
きの常套(じょうとう)句でもある

▼「個人の尊厳」から「公共の精神」へ、基本法の軸足が移ったのも不安だ。
終戦直後に基本法を生み出した教育刷新委員会でも、真剣に論議されたのが個
と公の関係だった。「個人意識を確立するという順序を経てから公に行かない
と、またすぐ反動化する」という当時の委員の声は、今も杞憂(きゆう)と言
い切れない。

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『北國新聞』時鐘 2006年12月16日

 米国の市民権を取るために必要な「歴史」の試験が従来より難しくなる。こ
れまで「星条旗の色は」などの基礎的設問が多かったが、回答が記述式になり
「独立宣言の重要な考え方を挙げよ」といった難問ぞろいの"アメリカ検定"
に刷新される

 担当省は、テロ対策のための受け入れ制限ではなく、あくまで市民権の価値
を学んでもらうのが目的としている。来る者は拒まずのお国柄でも、国の一員
となる最低限の心構えは持てということだろう

 日本では「国を愛する態度を養う」を明記した教育基本法が成立した。牛歩
こそなかったものの、抵抗のアリバイみたいな野党による不信任決議案には批
判する気も失せてしまう

 ともあれ、産声をあげた教育の憲法でかみしめたいのは「郷土を愛する」の
くだりである。石川県内では金沢検定をはじめとするご当地検定に挑戦したり、
学生が地域と協定を結びボランティア活動に乗り出したり、若手を中心に郷土
を知り、磨く動きが活発になってきた

 教基法を愛国心重視ととらえる向きもあるが、地域に生きる一員としてふる
さと教育の応援歌のように受け止めてもいいのではないか。

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『岐阜新聞』編集余記 2006年12月16日

 「どの学校に通わせるか候補は絞ったの。その日に向けて今から準備してい
かなきゃね」。インターネットを介してできた幼い子を持つ母親たちのグルー
プでの会話。

▼わが子がいじめに遭わないために、お母さんたちはいろいろ考えている。話
をしてくれた若い母親は「この子のためということは、私のためでもあるので
す」とはっきりしている。グループの母親たちも同じ思いで、情報交換も真剣
だという。

▼政府、与党が今国会の最重要法案とする教育基本法改正案が成立した。図ら
ずも、いじめによる自殺が相次ぎ、未履修問題が全国の高校で発覚した年に。
岐阜県も例外ではなかった。なぜこのような事態に至ってしまったのか。困難
な道のりであることは分かっているが、一つ一つ細かく検証し、解決を図って
いかなければならない。法を改正しただけでは魂は伴わない。

▼岐阜市をはじめ全国で開かれた教育改革などのタウンミーティングでのやら
せ質問。そもそもタウンミーティングは「国民との対話」が目的なのにやらせ
とは。当時、官房長官だった安倍晋三首相のけじめは、給与3カ月分の返納。

▼こうした大人の姿を見て子どもたちは何を思うのか。ことさら細かくいう必
要もないだろう。教育は国家100年の計。理想を追求するにはとてつもなく
長い時間がかかるが、崩れるときは瞬く間だ。

▼将来計画を立ててせっせと自己防衛する母親たち。そのたくましさが大きな
力となり新しい道を切り開く。そんな希望を託したくなる

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『愛媛新聞』地軸 2006年12月16日

教育基本法


 「教育国会」の三点セットのうち、必修科目の未履修は実のところ旧聞のた
ぐいだった。一九九九年の熊本の三高校を皮切りに、広島や兵庫の多くの県立
高校で発覚した。ことし五月にまたも熊本で起きている▲

 愛媛で始まったのも九〇年代。文部科学省はもっと早く是正できたわけだ。
それが富山の一校で表面化した今回だけなぜこうも拡大したのか。なにしろ教
育基本法改正の審議入り直前。偶然にしてはタイミングが良すぎた▲

 補習は政治決着で軽減された。愛媛県教委は県教育長や校長を処分した。け
りをつけつつあるいま、あの騒ぎは何だったろうと思ってみる。国の定めた学
習指導要領は守って当然―そんな意識を植え付けたのは最大の置き土産かもし
れない▲

 基本法がとうとう改正された。ただ「愛国心」も先取りしているのが指導要
領だ。何が何でも順守するのがいいか見方は多様だが、改正法では法規定に格
上げされ、格段に重みが増す。この先、指導要領を根拠に愛国心を堂々と評価
し、従わない教師を「指導力不足」とすることだってできよう▲

 哲学者の高橋哲哉さんは改正にこんな狙いも見る。競争原理の導入で国や企
業に役立つ少数の人材に集中投資し、ほかは従順な国民にしたいのではないか、
と(辻井喬さんら編「なぜ変える?教育基本法」岩波書店)▲

 もとの法は前文とわずか十一条。もう一度読み比べて、覚えておこう。拙速
な審議で出自に傷を残した改正法と引き換えに、私たちが何を失おうとしてい
るのかを。

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