『信濃毎日新聞』社説 2006年12月14日付

やらせ質問 世論誘導の場と化して


「タウンミーティング(TM)をすべての都道府県において半年以内に実施し
…対話を通じ、国民が政策形成に参加する機運を盛り上げていきたいと思
います」

2001年5月、小泉純一郎前首相は初めての所信表明演説でこう述べた。
TMはメールマガジンと並び、開かれた政権運営を体現する試みとされてき
た。

政府の調査委員会が発表した報告書を見ると、実態はかけ離れていたこと
が分かる。計174回のうち71回で動員をかけていた。

質問する人に発言内容をあらかじめ依頼する「やらせ」は15回。このうち、6
回は司法制度改革、5回は教育改革のTMだった。25回のTMで合わせて
65人に、5000円の謝礼金を支払ってもいた。

国会論議などを通じ、国からのファクスに基づいて自治体の職員4人が質問し
たケースがあったことも分かっている。02年7月に松本市で行ったTMでは、
会場に集まった440人のうち3割を市職員が占めた。市の「独自の判断」によ
る動員だったという。

議論を活発にするために、口火を切る人を頼んでおく。そこまではいい。質問
内容まで決めるのは行きすぎだ。国民との対話どころか、政府による自作自
演になる。

「特定内容の発言依頼は、政府の方針を浸透させるための『世論誘導』との
疑念をぬぐえない」。報告書も指摘する通りである。TMは“小泉劇場”を飾り
立てる小道具でしかなかったことが、調査の結果からうかがえる。

巨額の経費にも驚く。01年度の運営経費は1回当たり平均2200万円にの
ぼった。

駅から会場への送迎のために、東京から静岡市へハイヤーを呼び寄せる−。
こういった常軌を逸した使い方をした結果である。納税者はたまったものでは
ない。

TMが「やらせ」の場と化したのは、政府に自信がないためだろう。国民の疑
問や批判に正面からこたえる自信があれば、やらせ質問を頼む必要はない。

政府は今国会で教育基本法改正案を可決・成立させたい意向でいる。なぜ
今、改正するのか、政府はきちんと説明できていない。

憲法と並び、社会の在り方を定める大事な法律である。国民や教育現場に、
改正を求める声が強いわけではない。TMで政府の対応に不信感が募って
いる中、改正を急ぐ必要はまったくない。担当者や担当閣僚の処分を区切り
として改正へ進むことは、認められない。