[声明]教育基本法「改正」案の衆議院採択を抗議し,現行教育基本法の精神に則っ
た,今日の教育問題に関する論議を求める


 政府・与党は2006年11月16日、衆議院本会議において教育基本法「改正」案を強行
採決しました。私たちは、この採決に強く抗議するものです。
 政府・与党は,「十分審議した」と主張していますが,特別委員会の審議を通し
て,なぜいま「改正」しなければならないのか,教育基本法の「改正」によって現在
の教育をめぐる問題にどのような改善が図られるのか,合理的な説明はいっさいなさ
れていません。それに加えて,9月2日の八戸市をはじめ全国各地のタウンミーティ
ングでの「やらせ」,さらには発言者に「謝礼」が支払われていたという驚くべき事
実が明らかになり,民意を陰で操作する実態に強い懸念をいだきます。こうした国民
主権を愚弄する行為によって,子どもたちの未来を左右する教育のあり方を根本的
に改変することは,絶対に許されるものではありません。
 現行の教育基本法は,戦前の教育が戦争遂行に奉仕したという事実を反省し,教育
の役割を,子どもの人間としての発達とそれに不可欠な生活と学びの権利を保障する
ことに定め,すべての子どもたちが発達の可能性を拡げていく基盤となってきまし
た。それに対して,「改正」案では,国家による統治機能の一環として教育をとら
え,これまで教育の条件整備に抑制されていた教育行政のあり方を大きく変えて,時
々の政府・行政官庁による権力的統制を可能にする道を開こうとしています。しか
も,本来,一人ひとりが自主的自律的に考え決めていくべき教育の目標や目的を法律
によって定め,その達成度の評価とそれによる予算配分を通して,教育内容は厳しく
管理されることになります。教師が子どもや保護者に対して直接責任をもち,相互に
批判をし合いながら,自律的かつ自由に教育を創造,発展させていく中でこそ,新し
い時代を切り開いていく教育実践は生まれるものです。
 今日、子どもをめぐるさまざまな否定的な現象が噴出しています。それに対して,
私たちは,子どもたちを生活現実における発達主体としてとらえ,保護者,教師・保
育者とともに実践的な展望を明らかにするべく研究活動をしています。そうした立場
から私たちが危惧するのは,子どもを管理や操作の対象と見なして,十分な検討も経
ないまま,管理主義的ないしは競争主義的教育政策が実行されることです。すでに
「心のノート」の使用は現場で半ば義務づけられ,心理学の知識や手法を用いて子ど
もたちの心のありようを,有形無形にコントロールする動向は強まっています。ま
た,愛国心を評価する通知表が一部の学校現場で用いられており、人格を評価する危
険性を強く感じます。
 私たちは心理学を学び研究する者として,現在の学校教育における問題点が重大な
ものであり,それらが子どもの発達保障という点で否定的な結果をもたらすと考えて
います。いじめや不登校をはじめ多くの子どもをめぐる問題は,国家的統制や競争原
理導入によって改善されるものではないことは明らかなのです。管理と統制のもとに
教師を置いた状態では,合意と納得に基づいた教育を行うのは不可能であり,困難を
かかえた子どもたちの心に近づくことはできません。そのことをリアルに分析しない
まま,心を管理しようとする手法をより強化していく悪循環に陥ることを深く危惧し
ます。
 私たちは,以上のような危険性をはらむ「改正」案は廃案にすべきと考えます。そ
して,今一度,現行教育基本法の精神と意義を振り返り,自主的自律的な人格形成の
営みとして教育をとらえ,子ども自身が自己肯定感を感じられる教育を目指し,保護
者や教師が子どもたちの未来に責任をもって子育てや教育に取り組むことを励ます方
向で,国会ならびに関係機関には今日の教育問題について真摯な議論をしていただき
たいと考えるものです。

2006年11月27日

心理科学研究会運営委員会