『東京新聞』2006年11月22日付

『大学コンサル』が見る合併事情


「大学が将来の展望を描くとき、まず学部、学科を改編したり、名前を変える
などの努力をする。私立の場合、充足率(定員に対する生徒数)が五割を切
ると補助金がカットされてしまうので、そうなる前に、どこかと合併できないか
と考えるのは、当たり前の選択肢ではないか」

財団法人・日本開発構想研究所の高橋秀樹・高等教育研究部長(56)は、
大学再編の現状について、こう説明する。

同研究所はもともと地域開発、町づくりのシンクタンク。しかし、平成に入った
ころから大学の新設、増設に関する需要調査を受託し、現在は、大学の将来
計画の策定なども手がけるようになった。

高橋部長は、慶応大と共立薬科大の合併については、こう評価する。

「慶応には薬科がなかったので、より多くの学生を集められる。一方、共立薬
科は、薬学部が四年制から六年制に移行した結果、親の経済的負担もあっ
て、思ったより受験生の反応が鈍いという事情があるが、決定的なのは、こ
の制度下で臨床実習を課せられたこと。慶応の医学部は共立薬科にとって
魅力。理にかなった合併で英断だと思う」

高橋部長は「国立大の盛んな合併は教育予算を減らすための国策。私大の
合併と同じ尺度では論じられない」ともするが、大学の合併を、互いが幸せに
なるための「結婚」に例えると、「良縁」とは。

「ミッション系同士、類似の宗派同士の大学で合併を画策することは、昔から
よくある。理事が同じだったり、普段から交流があるということで現実味を帯び
やすい」

合併の壁の一つが卒業生の反発だが、ミッション系同士の場合は「建学の精
神」が共通するので、卒業生を説得しやすいという事情もあるという。

もう一つの「良縁」が、お互いが持っていない学部を補う形での合併。慶応と
共立薬科も、このケースだ。既に今春発表された関西学院大と聖和大の合併
は「ミッション系同士」で、なおかつ、聖和には関学にはない教育学部があり、
良縁の条件を二つとも満たしていたことになる。

■競争より協調 安易さに警鐘

半面、「同じように需要が減少している大学同士が合併してもプラスにならない
ので、合併は難しい。今は実力がある大学から合併が進んでいる」と指摘する。

大学全入時代を迎え、ますます厳しくなる大学経営。二〇〇三年度からは新設、
学部増設を抑制してきた文科省の大学設置基準が大きく変わり、「客」の集まる
大学が拡大路線をとっているため、生き残り競争はより激しさを増している。

「合併すれば共用部分を削減できるというスケールメリットを目的にした合併や、
競争より協調の安易な合併が今後は出てこないとも限らない」と警鐘を鳴らす。

少子化が進んでも小中学校では受験戦争はむしろ激化しているといわれている。

高橋部長は「それは一部のブランド校を目指す人たちの話」と分析しながら今後
の大学のありようをこう展望する。

「大都市の大学が入りやすくなったにもかかわらず地方の大学を選ぶ人が増え
ているように、ブランドではなく、将来何をしたいのか、そのための資格を取るに
はどの大学に行けばいいのかと、選択肢が変わってきている。はやり言葉で言
えば、ナンバーワンよりオンリーワンになっていくのでは」

数字的には全国の大学・短大の志願者数と入学定員数が一致する「大学全入
時代」が来年度にも到来するとされる。すでに経営破たんした大学や、学生の募
集を見合わせる大学も出ている。昨年六月、萩国際大(山口県萩市)が経営難で
破たん。東和大(福岡市)は今年八月、学生確保が難しいとして来年度の学生募
集中止を発表した。

河合塾教育研究部の神戸悟チーフは今後の大学人気について「有名校に生徒の
人気が集中するなど二極化が進む。競争力のある大学が学部を新設したり、入試
制度を変えて学生を集め、その傾向が強まる」と予測する。

■不人気の学校「悪循環進む」

例えば立教大学は今春から現代心理学部など学部を新設。また、法学部でセンター
試験の四教科型に加えて三教科型も導入した。「学部新設で間口が広がり、以前
は手が届かないと思っていたが、何とか努力すればと思う生徒も増え、さらに人気
が集まっている」という。

今後は「生徒が経営的に安定する大学を選ぶことや伝統校回帰の傾向が強まる。
人気のある大学にはますます生徒が集まり、人気のない大学は生徒が減り続ける
悪循環になる」と分析する。

高等教育総合研究所の亀井信明代表は「今後五、六年で十八歳の人口がますま
す減り、単純計算すると、入学定員が千人の大学が百大学いらなくなるという大変
な時代になる」と指摘する。

さらに「難関校や資格に直結するところはむしろ生徒が集まる。特色のない大学か
ら、数十の大学が淘汰(とうた)されるのではないか」と予測し「受験も大学教育も二
極化することで、ますます社会の格差が広がる」と心配する。

ただし、大学再編のメリットも期待する。「経営を真剣に考えれば、学生の意見を反
映させることや教育内容の再考など、大学教育の本質を見つめざるを得なくなる。
生き残りを考える上でいい方向に進む点も出てくるのでは」

大学の合併と、近年盛んに取りざたされる企業合併とを比較しながら、マーケティ
ングコンサルタントの西川りゅうじん氏は「今後ますます大学合併は進むが、大学
の合併は企業の合併より数段難しい」と指摘しこう強調する。

■国際競争力は「再編で向上」

「企業はもうかるか否かで動く。しかし、大学の研究者は、経済や資本のことで動
いてきたわけではない。さらに大学の伝統や歴史、卒業生のこともあり、合併後に
消化不良が起こりかねない。よほどのリーダーシップがないとうまくいかないのでは」

さらに西川氏は有名国立大学でも影響は少なからず出るとみる。「国立も独立行政
法人化し私立と境目がなくなりつつある。国立大と私立大、さらには海外との大学と
の合併も、将来的にはありうるのではないか」

短期的にはこの五−十年で、経営破たんする大学も予測されることに、西川氏は
「学生が途中で放りだされる問題や、大学がなくなり、活気のなくなる地方が出てく
る。さらに、宣伝ばかりするなど、近視眼的な学生集めをして本来の大学の真理探
究が置き去りになる大学も出てくるだろう」と懸念を示しながらもこう見通す。

「長期的にみれば、大学同士がいろいろ競合し、高い研究成果を出すことや活躍す
る卒業生の輩出を考えるなど、今よりも国際競争力が高まっていく方向に進むので
は」

<デスクメモ> 慶応もそうだが早稲田も女子医大との連携を深め総合大学路線を
拡大している。そのうち関東以北は「東京六大学系列校」、関西以西は「関関同立系
列校」ばかりになって、みんな名門大に入学できるという幸せな時代が来るかも。で
も中部地方だけは「メーダイ(名古屋大)系列校」が幅を利かせたりして。(蒲)