『毎日新聞』鳥取版2006年11月16日付

愛国心:支局・記者の目/19 「奉仕・忠誠」の教育は必要ない

◇平和主義守るために−−小島健志

進学した埼玉県の私立高校の入学式で、「一同起立、国歌斉唱」の声がかかっ
た。壇上には、校旗と国旗。吹奏楽部による「君が代」が演奏され、隣から大き
な歌声が聞こえてきた。ところが、歌詞を知らなかった。口をもごもごさせ、「日
の丸」を見つめていた。この時初めて「君が代」が突きつけられ、愛国心につい
て漠然と考え始めた。

アンケートで、愛国心を「自分の育った環境・人・自然を愛すること」などととらえ
る学生が多く、「国へ尽くす心」という意見は一部にとどまった。愛国心を「郷土
や集団への愛着」と「国への奉仕・忠誠」の二通りに分けられるとすれば、前者
が自然に身に付いていたことをうかがわせ、新鮮だった。

小中学校は、東京・多摩地区にある地元の公立校で過ごした。愛国心を教わっ
たことはもちろん、国歌を歌った記憶もない。それでも、サッカーW杯や五輪では
日本代表を応援し、海外へ行くと日本が恋しくなった。愛国心を教わったことのな
い86%のうち、愛国心を感じた人が75%いたが、それは自身の姿と重なる。た
だ、「愛着」の意味での愛国心を感じているのであって、「奉仕・忠誠」とは異なる。

「教育改革」を標ぼうして誕生した安倍政権の下、教育基本法の改正案が近く衆
院を通過する公算が大きい。教育現場の不安が、議論を後押ししている面もある
だろう。

事実、通っていた中学では、教育基本法の「個人の尊厳を重んじ」ていた教師の
授業中、教室を笑い声とともに紙くずや消しゴムが飛び交い、教師がば倒され、泣
かされるのを見た。しかし、同法改正で、「国を愛する態度を養う」と明文化したか
らといって、現場が良くなるとは思わない。

愛国心が教育目標になれば、達成したかどうか評価する必要が出てくる。そうな
れば、子どもたちに対し、「どれくらい好きか」(愛着)ではなく、より評価のたやす
い「どれくらい言うことを聞いたか」(奉仕・忠誠)を問うことになりかねない。いつし
か、「奉仕・忠誠」を強制し、教員も疑問を持たなくなってしまう恐れはないだろうか。

大学時代の4年間、受験塾で小・中学生を教えた。東京都内の公立高校入試で
は、内申点1が当日の試験の約10点分にあたるため、子どもたちに「学校の先
生に嫌われないように」とアドバイスしたことがある。生徒や親が気にするのは
やはり内申評価で、学校の意に沿った態度を取る子どもたちが出てくるのは明
らかだ。

アンケートを見ると、「愛国心は必要」(63%)と答えた学生をみても、教育基本
法で規定すると社会が「悪くなる」は34%で、「良くなる」の15%を上回った。理
由は「戦時のようにゆがむ」「強制的に教えたら個人の思想の自由が守られない」
などで、同感だった。一部の勢力が愛国心を大義名分にし、国への奉仕・忠誠を
求めるような教育へと利用するかもしれない。そうなれば、世界に誇る日本の平
和主義の根幹が脅かされるのは間違いない。

小泉内閣で防衛庁長官を務めた石破茂・衆院議員は「愛国心は内面でひそかに
思うもので、声高に言う人間は信用しない」と述べた。愛国心を声高に教え、評
価を下す教育が始まってはならない。アンケート結果が、それを示唆している。