『毎日新聞』社説 2006年11月12日付

教育基本法改正 一から論議をやり直す時だ


タウンミーティングの「やらせ質問」問題は、政府の「この催しで教育基本法
改正案に国民的な理解を深めてきた」という説明に根拠がないことを裏付け
た。履修不足問題を文部科学省が見過ごしていたことも発覚した。こうなって
は「真理と正義を希求し」(改正案前文)の文言も空疎に響く。改正案成立を焦
らず、真に「国民的理解を深める」ため一から論議をやり直すべきだ。

衆議院特別委員会で再開された審議は、折しも続発した「いじめ自殺」「履修
不足」「教育委員会改革」などをめぐる質疑が大きなウエートを占め、法案自体
の論議は棚上げになった観がある。

そこへ「やらせ質問」問題が発覚した。さらに、履修不足問題では、文科省の
委託調査研究会が既に02年の時点で大学生の16%が高校必修の世界史を
不履修と突き止めていたことがわかった。

文科省は内部で情報が行き止まっていたといい「問題意識が至らず見逃した。
連絡体制の不備を反省する」と苦しい弁明をする。しかし、その時、深刻な問題
ととらえ、改善策を講じておれば、校長を自殺にまで追い込んだ今回の大混乱
は避けえたはずだ。

この事態を軽視してはならない。やらせで「民意のでっち上げ」ともいうべき操
作をやり、学習指導要領の根幹にかかわる大量履修不足を「問題意識なく」見
逃す文科省は今や信を失ったといっても過言ではない。

こんな状況のままで、基本法の改正案の審議が国民の納得と信頼に支えら
れて進められるなどというのは絵空事だ。根本から論議を提起し直し、改め
真に国民の理解と意見を反映する努力をしなければならない。それを怠り
「審議は十分尽くした」と強弁するなら、「百年の大計」と意気込んで作られ
た改正案自体が内実のない作文とみなされかねない。

 教育目標に「我が国と郷土を愛する態度を養う」など徳目や公共の精神を
うたい、生涯学習の理念や国の教育振興基本計画策定義務などを盛り込ん
だ改正案は、そもそも何のために法を改めるのかという原点がはっきりしない
まま今日に至っている。

 新たな時代にふさわしい理念を追加するとか、国が責任を持って施策を進め
るためとか、説明はあるが、現行基本法がネックになっているわけではない。
また法を改めずともほとんどのことは現行の教育関連法規の運用で実行でき
るものだ。その辺もすっきりと納得できる政府側の説明はない。

 結局は「現行法は占領軍に押しつけられた。全面的に改めたい」という認識
と動機が第一で、法改正そのものが自己目的化しているのではないかと思い
たくなる。それが誤解というなら、深みのある論議を十分に経ないまま「残り時
間」を言い立てるようなことはすべきではない。

 そして、実のある論議の大前提として、やらせや履修不足問題看過など発覚
した重大な問題について責任の所在の明確化と必要な措置をとることはいうま
でもない。