『信濃毎日新聞』社説 2006年11月8日付

教育基本法 採決を急いではいけない


 教育基本法改正案の衆院特別委員会での審議が大詰めとなった。地方公聴会
を踏まえ、与党は来週中の衆院通過を目指している。

 「愛国心」条項など現行法の基本姿勢を変える改正案について、論議が十分と
はいえない。逆に、タウンミーティングでの「やらせ」質問など、新たな問題も生ま
れている。こんな状況で採決を急いでは、禍根を残す。

 政府主催の「教育改革タウンミーティング」で、内閣府が参加者に法改正に賛成
する発言を促していた。事前依頼の文書は文部科学省が作ったことも明らかになっ
た。ほかにも同様の依頼がなかったか、内閣府は調査を行う。

 本来、自由な意見交換の場であるべき席で、世論を誘導する仕掛けがされてい
た。軽視できない問題だ。このまま地方公聴会へ進んでも、形式だけに終わるの
ではないかと心配になる。

 改正案が審議入りする前に、いじめによる自殺や高校の必修科目履修漏れが
明らかになった。そのため、特別委員会でも対応に多くの時間をさいている。その
分、基本法をめぐる論議は薄味になった。

 目の前の緊急課題を取り上げるのは大切なことだが、問題の原因を規範意識の
低下や教育委員会のあり方に求めても、実りある結論は導けないだろう。国の管
理を強める結果を招く危険が大きい。

 改正案は、家庭や地域に踏み込むことも明らかになった。論議の中で、「愛国心」
など多数の徳目を掲げる教育の目標は、学校だけでなく、家庭や社会教育も含め
た条文全体にかかるとの説明があった。

 伊吹文明文部科学大臣は家庭や地域に「介入はしない」と答弁したが、法律に明
記することで、規範を守る「あるべき姿」を大人にも強いる心配も強まる。

 安倍晋三首相は、改正の目的について「志ある国民を育て、品格ある国家をつくっ
ていくため」と持論を展開。首相が掲げる「美しい国」づくりと政府案は、密接に関連
していると答えている。

 教育の目的を「人格の完成」とし、個人の価値観や自主的精神を尊ぶ現行法の精
神を、大きく転換させるものだ。改正によって教育現場に与える影響が心配だ。

 全国の公立小中学校長を対象にした調査では、3分の2が基本法改正に反対して
いる。「教育問題を政治化しすぎる」との批判も強い。

 教育のかじ取りを間違えると、影響は何世代にもわたる。いま本当に基本法を変え
ていいか、国民の声を丁寧に聞くときだ。