『徳島新聞』社説 2006年11月4日付

教育基本法改正案   採決急がず本質論議を


 大学入試科目の授業を優先して、必修科目を学ばせていなかった高校。小中
学校では、子どもたちがいじめを苦に命を絶つ。教育とは、何なのだろうか。

 戦後教育の理念を定めた教育基本法の改正案審議が、国会で進められてい
る。

 「美しい国」づくりを目指す安倍晋三首相は、その実現には教育が大切だとし
て、基本法改正を最優先課題に位置づけている。「志ある国民を育て、品格あ
る国家をつくっていくのが改正の目的だ」という。

 現行法は一九四七年、軍国主義に突き進んだ戦前の教育の反省に立って制
定された。「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する」「個性ゆたかな文化の
創造をめざす教育」。前文にはそんな言葉が並ぶ。

 政府の改正案は現行法をベースにしているが、前文から「個性」の文字が消え、
新たに「公共の精神を尊び」「伝統を継承」などの文言が入っている。第二条の教
育の目標には「我が国と郷土を愛する態度を養う」との表現が盛り込まれた。公共
の精神や伝統文化の尊重を強く打ち出しているのが特色だ。

 戦後教育は、個を尊重するばかりで、公共心や国を愛する心を教えてこなかった。
それが規律の乱れを生み、教育荒廃の原因になっている。改正を目指す与党には、
そうした思いが強い。

 「教育を変えなければ」と感じている国民は多いはずだ。私たちもそう思う。だが、
教育基本法の改正によって、いじめや不登校、学級崩壊などの問題が解決に向か
うかどうか、疑問だ。

 もちろん、倫理観や公共心は、家庭や学校でしっかり教えたい。しかし、国家が画
一的に押し付けるようなことにでもなれば、息苦しくなるばかりで、効果が上がると
はとても思えない。そんな懸念もある。

 全国公立小中学校の校長を対象にした東大基礎学力研究開発センターの調査
によると、教育基本法の改正案には66%が反対していた。

 いま求められているのは、改正を急ぐことではなく、「子どもたちを幸せにする教
育とは何か」という、原点に立ち返った議論ではないか。

 「学校」シリーズなどの映画を通して、幸せとは何か、教育とは何かを問いかける
山田洋次監督は「人を押しのけていく急行列車よりも、鈍行列車の人生がいい」と
言う。

 教育現場で、子どもたちは急行や特急に乗るよう、せき立てられているように見
える。

 急行や特急には、いいところがたくさんあるだろう。しかし、各駅停車の鈍行も劣
らず素晴らしい。のろくて効率は悪いかもしれないが、景色がゆっくり楽しめ、人間
的な触れ合いもある。そうした生き方の価値がもっと認められるべきだ、と山田監
督は言いたいのだと思う。

 他人を思いやれる。相手の立場に立ってものを考えることができる。「国を愛す
る心」よりも、まず、そうした能力が評価される教育であってほしい。

 政府の改正案は先の国会に提出され、約五十時間審議されたうえで継続審議
になっていた。このため、与党は「論点は出尽くしている」として、今国会での成立
を目指している。

 もっと教育の本質的な論議を深めたい。強引に採決すべきではない。