『朝日新聞』2006年10月29日

看護師、上京ラッシュ 地方は流出に危機感


 地方の看護学生さん、都会の病院へいらっしゃい――東京の大病院が、地方
から看護師の卵を連れて来ようと勧誘に精を出している。診療報酬の改定を機
に増員を図る病院が多いためで、東大病院(東京都)は今秋、初めて地方で試
験を行った。看護学生にも上京希望が強く、現代版「集団就職」の様相だ。人材
を奪われる地方の病院は、最低限の態勢確保も危うくなると危機感を募らせる。

 秋田県の北部、大館市にある秋田看護福祉大には今年、「学生さんをぜひうち
の病院に」と東京やその周辺の病院の職員が頻繁に訪れる。昨年度の求人件数
は262件だったが、今年は10月上旬の時点ですでに338件にのぼる。

 10年前に短大として開校し、昨年4年制に改編したばかり。「うちのような新参者
はこちらからお願いしなければいけないのに」と、就職担当の後藤忠志助教授は驚
く。

 東京の病院から続々と内定通知が届く。都内の大学病院に内定した学生(21)は
「ずっと東北に住んでいたので、一度は東京で働きたい」と話す。別の大学病院に決
まった学生(21)も「都会の大規模病院で最前線の救急医療を経験したい」。この病
院には同級生4人も就職する予定だ。

 東京の病院が採用活動に熱を入れる背景には、4月からの診療報酬制度の変更
がある。

 新たな基準に従って看護師をこれまでより手厚く配置すると、入院患者に対する診
療報酬が従来より多く支払われるようになった。「人件費が増えるので利益は出ない
が、高度医療と患者サービスにつながる」と東大病院の櫛山博副院長。

 東大病院は来春、例年の約2.5倍の300人を採用する予定だ。9月30日には仙台
や福岡など5カ所で地方試験を実施。教授らも、学会で訪れた地方の看護大などを回っ
てPRにいそしむ。

 東京の大病院の攻勢を受ける地方の病院は厳しい状況に置かれている。

 「都会の大病院に学生が流れてとても太刀打ちできない」。宮城県内で4カ所の病院
を運営する宮城厚生協会の佐藤道子看護部長は頭を抱える。来春50人程度を採用し
たいが見通しが立っていない。12の訪問看護ステーションも運営しているがこちらの応
募も減っており、病院部門から看護師を派遣して態勢を維持しているという。

 東北医療の中心、東北大病院(仙台市)でさえ苦戦を強いられている。例年の倍近い
190人程度の採用が目標だが、めどが立たない。「国立大の法人化で大学病院も競争
の時代。他大学の行動を制限できないし」(病院総務課)と渋い表情だ。