『山陽新聞』社説 2006年10月27日付

教育基本法改正 成立ありきの審議でなく


 衆院教育基本法特別委員会が、先の通常国会で継続審議となっていた政府提
出の同法改正案と、民主党提出の日本国教育基本法案の審議を再開した。教育
は百年の大計であり、教育基本法は憲法に準じる重みを持つ。あらためて腰を
据えた論議が望まれる。

 初日の提案理由説明で、伊吹文明文部科学相は「現行法は制定以来半世紀以
上が経過し、教育をめぐる状況は大きく変化した。教育の根本にさかのぼった
改革が求められている」と述べた。民主党の高井美穂氏はいじめや不登校、学
力低下など、教育現場の問題を挙げ「具体的に改善するための基本的な考え方
を盛り込んだ」と説明した。

 与党、民主党ともに基本法の改正をてこに教育の立て直しを図る考えで、教
育混迷の根底に公共意識の薄さがあるとの認識を改正案に反映させた。愛国心
に関する部分である。政府案は「我が国と郷土を愛する態度を養う」とし、民
主党案では「日本を愛する心を涵養(かんよう)」するとした。

 しかし、言葉は違っても、教育基本法の中に愛国心を盛り込むことは、戦前
の国家至上主義の再来を懸念させる。時の権力者が再びこの文言を利用し、国
民を導こうとする不安がぬぐえない。伝統、文化についても政府案、民主党案
とも尊重を明記した。

 一九四七年に施行された現行の教育基本法は「国家のため」を主眼とした戦
前の教育理念との決別宣言といえる。個人の尊厳を重んじることを強調し、真
理と平和を希求する人間の育成を期すとした。教育と国家のかかわりについて
は、今国会でさらに突っ込んだ議論がいる。

 教育行政について、政府案は国と地方自治体との適切な役割分担と相互協力
の下で行われるとした。これに対し、民主党案は自治体が行う教育行政はその
施策に民意を反映させ、その長が行わなければならないと記している。改正案
の文言だけでは教育行政の将来像が見えてこない。分権の視点からも国と自治
体の役割に関する議論は深めておく必要がある。

 三十日に安倍晋三首相が出席し、特別委での実質的な審議がスタートする。
与党は基本法改正を最重要課題と位置付け、十一月上旬に衆院を通過させ、今
国会中に成立のスケジュールを描く。だが、東京大基礎学力研究開発センター
の調査によれば全国公立小中学校校長の66%が政府の教育基本法改正案に反
対している。現場の反発が強いままでの基本法改正が有益とは思えない。将来
に禍根を残さぬため、時間にとらわれず審議を尽くさなければならない。