『朝日新聞』2006年10月23日付

教育再生会議発足 議論の行方、専門家注視
  

 安倍政権が重要課題と位置づけている教育改革に向けて、「教育再生会議」
が18日発足した。17人のメンバーの考え方はさまざまで、安倍首相に親近
感を持つ保守の立場からも疑問の声が出ている。今後の会議がどう展開するの
か、専門家に占ってもらった。

 ■「独断でなく、調査集約を」

 半導体の権威として知られ、教育基本法の改正の必要性を訴えてきた西沢潤
一・首都大学東京学長は、再生会議のメンバーになった17人を見て、「右か
ら左まで、という感じ。あまりいい意味でなく、バランスが取れている。『文
部科学省が勝った』と言えるのではないのか」と感じた。実際、文科省幹部の
一人は「出そろった面々を見ると穏健、妥当だ。従来の路線をそれほど変える
ことはないだろう」と分析する。

 再生会議は来年1月にも中間報告を出す方向だが、西沢学長は会議が成果を
あげることに懐疑的だ。「昔からそうだが、委員会というものは最初から結論
が決まっていた。若干の議論をさせて、『以上の議論を踏まえてまとめさせて
いただきます』というふうになるのではないのか」という。

 日本教育学会会長の佐藤学・東京大教授は、教育学の専門家がいないことを
心配する。「議論が予想される教育バウチャーなどは大問題。内外でのいろい
ろな調査をきちんと集約すべきだと思うが、このままでいくと思いつき、独断
による会議になりかねない」

 教育の基本方針を議論する組織としてはすでに中央教育審議会があり、再生
会議メンバーのうち野依良治座長ら6人が委員か臨時委員を務めている。どち
らの組織の決定が優先するのかはっきりしない。佐藤教授は「大きな改革の前
には、首相のリーダーシップが重要なことは否定しない。だが、それには中教
審などの既存の委員会や、国民、教育の専門家の議論をきちんと踏まえる必要
がある」と指摘する。

 ■「改革のための改革」懸念

 教育改革の必要性は過去に何度も主張され、新しい政策もたびたび提案され
てきた。小渕・森政権の時に設けられた「教育改革国民会議」は00年、「教
育を変える17の提案」をした。安倍首相が著書や施政方針演説で打ち出して
いる、指導力不足の教師への対応や、学校評価などの課題もここで示され、そ
の後、具体化が進められてきた。

 国民会議のメンバーを務めた藤田英典・国際基督教大教授(教育学)は「基
本法の改正など個人的に反対した提案もあったが、これらが法制化などの過程
を経て、今まさに実行に移ろうとしている段階だ。これまでの評価もしない
『改革のための改革』になってしまう可能性がある」と話す。

 再生会議で初めて本格的に議論されそうなテーマとしては、バウチャー制度
や、学校評価を、保護者や地域住民だけではなく第三者機関が行うことの是非
が考えられる。藤田教授は「これらは学校をより競争させる方向の政策で、実
施されると日本の教育の優れた部分を支えてきたおおらかさ、安定性が失われ
てしまう」と語る。

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 〈教育バウチャー〉 一般的には、子どもがいる家庭が行政からバウチャー
(利用券)を受け取り、国公私立を問わず、通わせたい学校に提出、学校は集
めた生徒数に応じて運営費を獲得できる制度を意味する。米国の一部やニュー
ジーランド、チリなどで導入されているが、対象を低所得者に限定したり、バ
ウチャーを発行しなかったりと、様々な形態がある。