『読売新聞』2006年10月19日付

教育再生会議スタート…「脱文科省」困難?


 安倍首相が官邸主導の「公教育改革」を掲げ、18日に肝いりでスタートさ
せた教育再生会議。首相は文部科学省中心の教育政策づくりの転換を目指して
いるが、委員の人選や当面のテーマを分析すると、独自色は薄れつつあるよう
に見える。

 どこまで斬新な提言を打ち出せるのか。首相の「本気度」が問われる。(社
会部 村井正美、政治部 橋本潤也)

 ■主導狙い

 「『美しい国』を造る上での基盤は教育だ。志ある国民を育て、品格ある国
家、社会をつくっていかなければならない」

 会議の冒頭、首相は自著のタイトルの一部で、自民党総裁選でのキャッチフ
レーズにも使った「美しい国」という言葉をちりばめながら、持論を展開した。
現在の教育行政は、主に教育専門家からなる中央教育審議会(文科相の諮問機
関)の答申を受け、文部科学省が制度化を進めるやり方が一般的だ。しかし、
「中教審への諮問内容は文科省当局が決め、中教審委員も自由な教育を許さな
い考え方になりがち」「中教審の審議は遅すぎる」などの批判が根強い。

 首相には、「学力低下や規範意識の欠如などの問題は、従来の教育行政が原
因との思いが強かった」(政府筋)。直属の会議を作ったのも、教育政策づく
りの場を引き寄せ、自らの手で公教育再生の道筋をつける狙いからだ。会議後
の記者会見で、山谷えり子首相補佐官は「来年1月に中間報告、6月までに予
算化が必要な施策をまとめる」と明言した。来春の統一地方選、夏の参院選に
向け、安倍政権の成果をアピールしたいという思惑が透けて見える。

委員数膨張首相独自色薄れる

 ■思惑外れ

 安倍内閣発足当初、首相ブレーンの間では、「従来の教育行政と一線を画す
ため、人選に文部科学省・中教審色を出させない」との方針が既定路線のよう
に語られていた。だが、早めの成果を求めるあまり、人選は文科省との対立を
避け、「安全路線」に傾いていったようだ。

 会議委員には、教育への競争原理導入に前向きと見られる葛西敬之、張富士
夫両氏らのように、首相と同じ勉強会のメンバーも含まれている。だが、中教
審の委員・臨時委員も、野依良治、中嶋嶺雄両氏ら6人が入り、小野元之・元
文科次官も加わった。「ヤンキー先生」と呼ばれる義家弘介氏、「百ます計算」
で知られる陰山英男氏ら著名人も選ばれた。事務局はテレビドラマで教師役を
演じた女優の天海祐希氏にも打診したが、断られたという。

 結局、委員数は当初の10人程度から17人に膨張した。関係者は「文教族
の森元首相や、伊吹文科相、公明党などからの様々な推薦を受け入れたため」
と解説する。会議に出席した政府関係者は「委員の考えがバラバラで、ごった
煮だ。何をやりたい会議なのか全く見えてこない」と漏らした。

 多彩なメンバーがそろったゆえに、議論も月2〜3回が精いっぱいだという。
政府内では、「議論が少ないと、報告作りは文科省の影響力が強まるのではな
いか」との見方もある。報告に盛り込まれた改革内容について、すぐに法制化
に取り組むのか。再び中教審でも詰めるのか。実現に向けた手順も見えない。

「9月入学」「バウチャー」議論後回しか

 ■成果優先

 会議の議論は、ある程度方向性が見えているテーマが優先されることになる
と見られ、「しばらくは斬新な改革は出てこない」との見方が多い。

 首相はこの日、「質の高い教育の実現と学力向上」「規範意識の育成」「家
庭、地域の教育力向上」などの検討を要請した。まず、来年1月の中間報告ま
では、即効性が期待できて、国民の関心も高い「学力向上」問題などが優先的
に議論されると見られる。

 また、首相が導入を提唱している教員免許更新制も、中教審が今年7月、1
0年に1回更新する制度の導入を答申済みであることから、早めに議論されそ
うだ。ただ、委員の間には、「10年間、指導力不足の教師を放置していいの
か」(白石真澄委員)などの意見もあり、再生会議の結論が中教審答申とは異
なった形になることも予想される。

 逆に、首相が総裁選前後に提唱して話題を集めた大学の9月入学制、教育バ
ウチャー制度などの本格的な議論は、中間報告以降に先送りされる見通しだ。

 大学の9月入学制については、「グローバルスタンダードのためには必要」
(中嶋嶺雄委員)と賛成意見がある。ただ、入社時期の変更や、高校卒業から
大学入学までの間の居場所づくりなど、課題も多い。入学までに奉仕活動を義
務付ける構想もあるが、学生の受け入れ先の確保は容易ではない。

 教育バウチャー制度では、生徒を多く集める学校ほど多くの予算が配分され
るので、学校間に競争原理が働き、教育の質の向上が期待できるとされる。
「これまで教育現場だけが競争原理とかけ離れていた」(渡辺美樹委員)など、
支持する委員も少なくない。しかし、人気校と不人気校の二極化が進み、「さ
らなる格差を生むのでは」といった懸念も根強く、着地点がどうなるかは現段
階で不透明だ。

 教育バウチャー制度
 行政がバウチャーと呼ばれるクーポン券を家庭に支給。各家庭が地域や公立
私立に関係なく、行きたい学校を選んで、バウチャーを渡せば、その学校はバ
ウチャーの量に応じた補助金を行政から受け取れる制度。