『毎日新聞』鳥取版 2006年10月17日付

愛国心:どうなる日本−私の視点/16 歴史認識が大事 /鳥取

 ◆日弁連副会長・松本光寿さん(62)
 ◇権力の言いなりになる人間育てる−−基本法改正案、自己犠牲も強いる


 まず、「愛する」「日本国」という言葉をおさえる必要がある。「愛する」
とは高度な感情で、自己愛や家族愛から抽象的な愛国心まで、対象によって意
味が違う。愛という感情は、究極的に自己犠牲を伴う危険が非常に強い観念。
強要されやすく、愛国心も同様だ。

 「日本国」とは何か。政治学的に、国家は領土、国民、主権の総合で極めて
抽象的な概念だ。しかし、愛国心の対象となると、国は抽象的な概念から、そ
の時の権力になってしまう懸念がある。国家概念の中心要素である主権や権力
に関して、いろいろな評価があるのは当然で、だから選挙や民主主義が成り立
つ。この前提がまず必要だ。

 教育の究極の目標は人格の完成で、自主的・主体的に価値判断できる人間を
育成することだ。権力に黙って従わず、権力が言うことでも価値判断し、自分
の意思で物事を最終的に決める人間を育成することにある。

 教育基本法を見ると、教育は直接国民に責任を負い、教育者は政府に責任を
負わないとある。国民の教育権を規定しているが、与党、民主党案はこの観点
がない。基本法を今変える隠れた狙いは、米国と一緒に世界の警察官の役割を
堂々と担えるような日本の海外派兵に、抵抗感の少ない人間を作ることだ。

 「社会の形成者として必要な資質を備えた」(与党の改正案1条)国民の育
成もミソで、必要な資質を政府が決めて人格の完成を目指すと読める。この視
点から他の条文を読み解くと「態度を養う」(同2条)もけしからん。愛国心
を表面上だけ装う態度でいいなら、子どもは思っていなくてもそうする。面従
腹背だ。論理の飛躍を分析しないで、言葉だけに従う人間ができる。無抵抗な
自主性のない国民、時の権力の言いなりになりやすい人間を育てる危険が極め
て大きい。

 一方で、同じ2条に「主体的に社会の形成に参画し」とあるが、参画しない
のも自由。今の社会の形成はおかしいと思えば、参加の拒否も立派な態度だ。
それを非国民、愛国心がないといわれたらかなわない。

 日本弁護士連合会としては9月15日、衆参両院に「教育基本法調査会」を
設置して慎重に検討するよう求めるとともに、このままの改正に強く反対する
意見書をまとめ、首相らに提出している。

 愛国心については、歴史的な認識が大事。言葉、宗教、習慣が違っても人間
は同じ価値があるという真理を教えることが必要で、感情は認識に従って自然
と発生する。まず感情がこうあるべきだと教えるべきではない。

 しかし、改正案は愛しなさいという感情教育だ。愛の持ち方は自由だが、愛
するとはこうだと決め付け、自分の幸福を犠牲にしろという教育がなされる可
能性が強い。その意味で、国民の不断の努力によって「教育の力にまつ」(基
本法前文)ことが絶対必要だ。情は決して強制できるものではない。【聞き手・
山下貴史】

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 ■人物略歴
 ◇まつもと・みつとし
 八頭町生まれ。慶応大法学部卒業後、68年に司法試験合格。県弁護士会長
や鳥取大非常勤講師を歴任し、06年4月から教育基本法改正問題対策ワーキ
ンググループなどを担当する日弁連副会長。