『産経新聞』2006年10月1日付

教育再生 バウチャー制度などに文科省は慎重姿勢


 安倍新政権が発足し、教育再生が重要課題に位置づけられた。安倍首相の教
育改革構想のうち教育基本法改正、学校評価制と教員免許更新制の導入は文部
科学省も準備を進めており支障は出ていないが、新たに提唱されたバウチャー
制度導入や大学の9月入学化は、文科省内にも慎重論が根強く、曲折が予想さ
れる。安倍首相は首相直属の「教育再生会議」を新設して官邸主導の教育改革
を推進する構えだが、説得力ある具体的な構想が打ち出されないと、看板倒れ
との批判が出かねず、「官邸主導型」の真価が問われそうだ。(小田博士)

■既定路線

 「家族、地域、国、命を大切にする、豊かな人間性と創造性を備えた規律あ
る人間の育成に向け、教育再生に直ちに取り組む」。安倍首相は、所信表明演
説で「教育再生」の理念を打ち出し、教基法改正を今国会の主要課題に掲げた。
小泉前首相は教育に関心がなかったため、教育界や国民世論は歓迎ムードだ。

 「教育の憲法」と呼ばれる教基法は、「愛国心」の表現をめぐって難産の末
にまとまった改正案が国会に提出され、約50時間の審議を費やしたものの継
続審議となっている。民主党は国会の特別委員会に欠席し、対決姿勢を強めて
いるが、与党が安定多数のため、改正案成立自体が危ぶまれる状況にはない。

 教員免許更新制の導入は、中教審の答申も新設を提言しており、文科省も具
体策を検討中。導入に支障は出ていない。

 信頼される学校づくりを促す学校評価制度は現在、大学以外は努力義務となっ
ており、9割超の学校が自己評価を導入している。文科省は第三者評価のモデ
ル事業を124校で実施。義務化へ向けて準備を進めている。安倍首相は近著
で、国の監査官による評価制度確立を提唱。「第三者機関を設立し、監査官は
そこで徹底的に訓練する」と踏み込んだ。今後の「教育再生会議」の議論次第
では内容の強化も考えられそうだ。

■出ては消え…

 古くて新しいテーマが「大学の9月入学化と、それに伴うボランティア活動
の義務化」だ。欧米では秋入学が定着している上に、モラル再生にも寄与する
との発想から打ち出された。

 文科省によると、「4月以外の大学入学」は平成11年から完全に自由化さ
れた。導入しているのは16年度現在155大学293学部。学部数で見ると
全体の6分の1にあたる。活用する学生は約2万5000人いるが、放送大学
の学生が大半で、一般学生は約2000人のみ。浸透しているとは言い難い状
況だ。

 導入の際には、企業の入社時期にも影響を及ぼすとみられ、経済界の協力も
必要だ。文科省内では、ボランティア活動重視の姿勢に異論はない。だが、昭
和62年の臨時教育審議会、平成12年の「教育改革国民会議」と同様の提言
がなされたものの、立ち消えになった経緯があることから、国民世論の合意が
不可欠。ハードルは高そうだ。

■文科省は消極的

 文科省が慎重なのは、教育バウチャー制度の新設だ。安倍氏は近著で「低所
得者の子弟でも高い水準の教育を受けられる仕組みが必要。対策の一つとして
期待されるのが教育バウチャー制度だ」と導入に意欲を示している。

 この制度は採用国でも運用方法がまちまちで定義が難しい。各家庭は、自治
体から支給された教育費のクーポン券を通学する学校に提出。学校側がクーポ
ン券を換金するというのが、分かりやすいイメージだ。生徒や保護者が学校を
選択する「学校選択制」が機能する上に、学校への予算が生徒数に応じて配分
され、公立校にも競争・市場原理が働く−とされる。

 「小泉改革の象徴」だった内閣府の規制改革・民間開放推進会議(宮内義彦
議長)が導入を要求してきたが、文科省は「世界的に導入例が少なく成果も評
価が分かれている」と消極的。「学校選択制が進めば、子供は近所の学校に通
わなくなり、学校と地域社会の関係が希薄化する。安倍首相の本来の理念とも
反するのではないか」と牽制(けんせい)する幹部もいる。