『信濃毎日新聞』2006年9月25日付

社説=教育改革 新総裁の真意を聞きたい


 自民党総裁になった安倍晋三氏は「教育の再生」を政策の柱に掲げる。26
日からの臨時国会では、教育基本法改正を優先課題とする方針だ。

 教育バウチャー制度、学校評価制度の推進、教員免許の更新制、ボランティ
ア活動の義務化−。総裁選で安倍氏はいくつもの改革策を語った。そこからは、
学校の競争を進め、社会規範や貢献の意識を子どもたちに教え込もうという意
図がうかがえる。

 学校間の競争を高める施策の一つが、教育バウチャー制度である。バウチャー
は、商品やサービスの利用券を指す。自治体から配布された利用券を使って、
子どものいる家庭が学校を選ぶ。利用券の数に応じて学校は補助金を受ける。
子どもを集めるために学校が競い合い、教育の質が高まるという理屈だ。

 文部科学省は昨年秋から研究会を開き、米国、英国、ニュージーランドなど
の制度を研究した。それぞれ内容や狙いは一律でなく、教育効果は定まってい
ない。学校の階層化が進んだとの報告もある。

 学校評価や免許更新制は既に文科省が取り組んでいる。安倍氏の主張は、国
による監督強化の方向を後押しするものだ。

 ボランティアの義務化は、若者の社会貢献を促すのが目的である。国公立大
学の入学時期を9月に変え、入学までの間、若者に奉仕活動をさせるというも
のだ。

 安倍氏がタカ派と見なされる理由の一つは、保守的な家族観を持っているこ
とにある。総裁選で掲げた政権構想「美しい国、日本。」では、政権の基本的
な方向として、家族の価値や地域のあたたかさの再生、伝統的な文化の尊重を
うたっている。

 そうした復古調の価値観は、「愛国心」や「公共心」を盛り込んだ与党の教
育基本法改正案につながる。総裁選の論戦を通じて、安倍氏には戦後教育を洗
い直し、日本の伝統や文化を重視した枠組みを作ろうとする姿が読み取れる。

 基本法は、憲法と並んで戦後体制を支える重要な法律である。先の戦争への
反省に立って、個人の価値観の尊重をうたっている。改正案は、一人ひとりの
心のありように踏み込む危うさがある。

 学校の荒れや、学力、モラルの低下、いじめなど、学校が抱えている問題は
たくさんある。教育がこのままでいいと思っている人は少ないはずだ。

 安倍氏は、初の戦後生まれの首相になる。教育基本法改正を語るなら、自ら
受けた教育のどこが問題で、改正が教育再生にどうつながるのか、説明する責
任がある。