『毎日新聞』鳥取版 2006年9月28日付

愛国心:どうなる日本−私の視点/12 今さら大げさに取り上げることでない /鳥取


 ◆約50年ぶり帰国の旧ソ連抑留者・蜂谷弥三郎さん(89)

 ◇本来は当たり前−−子どもには家族愛から

 戦後は、使うのもはばかられる言葉になってしまったが、本来は当たり前の
気持ちだ。親を愛することから、兄弟、隣人、郷土と広がっていくもので、直
接に国家や政府、天皇を愛するというものではない。今さら大げさに取り上げ
ることでもない。

 ロシアでは毎日、かけがえのない祖国のことを思い出して過ごしてきた。な
んとかして日本人でありたいと、日本人として笑われないよう正直でいること
を心がけて行動してきた。絶望的な中で童謡や軍歌、和歌など日本語の歌だけ
を歌った。ロシアの歌を歌うのは祖国に対して申し訳ない気持ちもあったし、
日本の歌を歌うことが厳しい毎日の中で支えになって、生き抜くことができた。

 誇れる祖国がなかったら、大酒飲みにでもなって、今ごろ日本に帰って来る
こともできなかったと思う。ロシアでは辛い日々の連続だったが、たくさんの
人に助けられたし、愛する人も信頼できる友人もいる。そういう人たちがいる
ロシアを愛しているし、それが祖国だったら愛国心になる。

 教育基本法や教科書に入れてもいいが、言葉だけではだめだ。学校で教える
こともできるが、子どもに今いきなり愛国心を教えても混乱するだけ。まずは
自分の家族を愛することを教えなくてはいけない。

 例えば、学校で教えるなら、「かぜをひいたときに、お父さんやお母さんは
ずっと枕のそばにいたんだよ」ということを伝えることから始める必要がある。
親が子を殺したり、子が親を殺したりする事件が起きているが、親は子どもを
殴るのではなく抱きしめて、子どもは親の恩を忘れないでほしい。家族への愛
を知らずして、愛国心は分からない。

 甲子園の地域代表の応援やサッカーの日本代表の応援でもいい。「勝ってほ
しい。負けたくない」という気持ちは、郷土や日本を大切にし、愛する気持ち
につながる。

 中国や韓国などで、日本の愛国心に対して警戒する声もあるが、今の日本は
平和主義だ。軍国主義ではないことを伝え、お互い理解しなくてはいけない。
中国人や韓国人の心にも、祖先を大切にする気持ちがある。靖国問題にしても、
表面上だけ取り繕って外国の言う通りにするのでなく、腹を割って話し合えば、
日本の愛国心も理解してもらえるはずだ。【聞き手・田辺佑介】

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 ■人物略歴
 ◇はちや・やさぶろう
 終戦直後の1946年にソ連軍に逮捕され、シベリアで約10年間、強制労
働に従事。釈放後、ロシア人女性と結婚したが、91年のソ連崩壊後、妻久子
さんが郷里の鳥取市気高町で帰りを待っていることを知り、97年に帰国した。