文藝春秋 日本の論点PLUS 2006年9月28日付

国旗国歌訴訟

 9月21日、東京地裁(難波孝一裁判長)は、国旗・日の丸の掲揚、国歌・君が
代の斉唱を教師に義務づける東京都教育委員会の通達と校長の職務命令をめぐ
る訴訟で、いずれも教育行政のあり方を規定した教育基本法10条に反し、思想・
良心の自由を規定した憲法19条の制約の範囲を超えているとの判決を下した。
勝訴した原告側は「精神的自由にかかわる判決としては画期的で、教育のあり
方が問われる裁判として最も優れたものの一つ」と高く評価したのに対し、破
れた被告側の都教委は「想定外の判決だ」と衝撃を受け、控訴する準備を進め
ている。

 判決で難波裁判長は、日の丸・君が代について、「皇国思想や軍国主義思想
の精神的支柱として用いられてきたことがあることは否定しがたい歴史的事実」
と踏み込んだうえ、「国旗・国歌と規定された現在においても、なお国民の間
で宗教的、政治的にみて価値中立的なものと認められるまでには至っていない
状況にある」と断じた。

 そして、(1)通達は、各学校の裁量を認める余地がない一義的な内容になっ
ている、(2)都教委は、職務命令に違反した教職員に対し、違反回数に応じて
減給や停職などの懲戒処分を行っている――と指摘、これらは「教育は、不当
な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきも
のである」と規定した教育基本法10条に違反し、教育の自主性を侵害すると判
断した。さらに、「一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制す
るに等しい」として、憲法19条の思想・良心の自由に対し、公共の福祉の観点
から許容された制約の範囲を超えているとの判断も示し、慰謝料として1人あた
り3万円の賠償を被告に命じた。

 国旗・国歌をめぐっては、1958年の学習指導要領では「国旗を掲揚し、国歌
を斉唱させることが望ましい」と定められていたが、89年の新学習指導要領で
「指導強化」が盛り込まれた。99年8月には、「国旗国歌法」が成立、小渕恵三
首相は「新たに義務を課すものではない」との談話を発表した。また、04年10
月、天皇陛下が園遊会で、都教育委員の棋士に対し「強制でないことが望まし
い」と話された。

 石原慎太郎知事になってから、都教委は03年10月に「校長の職務命令に従わ
ない場合は、服務上の責任を問われる」との通達を出し、それ以降、毎年、処
分者を出してきた(ことし5月まで延べ345人)。いっぽう、君が代処分をめぐ
る訴訟では、昨年4月、福岡地裁が「減給処分は違法」との判決を出した。だが、
ピアノ伴奏を拒否した東京・日野市の音楽教師の訴訟では、1、2審とも原告が敗
訴している。

 識者の間では今回の判決に対する評価が分かれている。高橋哲哉東京大大学
院教授(哲学)は「国旗・国歌の強制は教育に対する不当な支配にあたり、教
育の自由が不可欠とした判決は画期的だ。日の丸、君が代の歴史にも触れ、異
論を持つ少数派の思想や自由が保障されるべきだと指摘しており、評価できる」
とした(東京新聞9月22日付)。これに対し、秦郁彦日本大講師(現代史)は
「国旗・国歌に対して敬意を払うのは海外では常識。子どもたちが外国で恥を
かくことのないよう、公教育として日の丸、君が代を教えるべきで、教職員は
都教委の通達に従うのは当然だ」と判決に疑問を投げかけた(読売新聞9月22日
付)。いっぽう、石原知事は、26日の都議会で、「判決は不当で、控訴は当然。
控訴によって日本人の総意が反映されると信じている」と答弁した。