『朝日新聞』2006年9月25日付

教授は一線社員 産・学二人三脚 阪大で3社が講座


 企業の一線の研究者が「教授」や「助教授」となり、大学の教員らと一緒に
研究に取り組むユニークな試みが大阪大学で進んでいる。文部科学省「スーパー
産学官連携本部」のモデル事業の一環で、この7月、共同研究の場となる企業
の講座が三つ誕生した。企業側が大学の人材や設備を利用しながら研究を主導
できるのが最大の特徴。大学側も研究費を確保して研究成果の実用化を促す狙
いがある。

 講座を設立したのは、ダイキン工業(大阪市)、コマツ(東京都)、新日鉄
化学(同)の3社。いずれも工学研究科の教員をパートナーにして、学内に借
りた50〜100平方メートルのスペースを研究や実験の拠点にしている。

 ダイキン講座の研究テーマは「フッ素化学」。助教授に就任した化学事業部
の毛利晴彦主任研究員(44)らが7月からすでに大学の研究室で実験を始め
ている。

 戦前からフッ素研究を進めてきた同社は、フッ素の水や油をはじく性質や耐
熱性、絶縁性を利用して、様々な製品を出してきた。だが、毛利さんは「会社
のノウハウと大学の最先端の科学を組み合わせれば、フッ素の新しい使い道が
見つかる可能性がある」と語る。

 講座はダイキン側2人(教授、助教授)と阪大側が兼任の2人(教授1人、
助手1人)の4人だけだが、成果次第で増員していく意向だ。

 建設機械の環境性能向上などをテーマに掲げるコマツ講座では、神奈川県の
研究本部でエンジンの環境技術開発などを主導していた竹田太四郎・竹田研究
室長(60)が教授で赴任。「社内では出る知恵も限られるが、ここではまっ
たく違った視点で意見が聞ける」と意義を語る。

 講座は、コマツ側2人(教授、助手)と、阪大側が兼任の教授、講師職から
転任した特任助教授の計4人に博士研究員1人を雇う予定。来年度以降は大学
院生も受け入れる。「会社に興味を持ってくれる学生も現れてくれれば」と、
人材発掘への期待感もある。

 「マイクロ波化学」を専攻にした新日鉄化学講座では、本社の坂本哲雄研究
参与(54)ら2人が教授、助教授に就任したが、大学を訪れるのは月1回程
度。その代わりに兼任で就任した岡山大の和田哲雄教授が週1回、研究室を訪
れ、指揮を取る。ふだんは阪大講師から転任した特任助教授と研究員で実験を
進める。

 電子レンジで身近な存在となっているマイクロ波には、化学反応の時間を大
幅に短縮させる触媒のような働きもあり、様々な応用の研究を目指している。
「このような基礎研究は企業でやれるだけの体力がないのが実情。基礎研究を
担う人材育成という面でも期待をしたい」と坂本さん。和田さんは「資金面は
恵まれているが、成果を出さなければ契約の打ち切りもあり得る」と、気を引
き締める。産学連携の新たなモデルとして成否が注目される。

 ○企業、豊富な人材・施設を活用 大学、資金の確保・研究実用化

 講座は、企業側が2〜3年単位の契約で、年間数千万円の研究資金を出して
設立する。研究テーマや講座名が選べるほか、企業の研究者には、「招聘(しょ
うへい)教授」「招聘助教授」などの肩書が与えられる。学生への教育義務は
ないが、大学院生の研究指導は可能だ。

 大学には企業の寄付でつくる「寄付講座」があるが、大学側が研究を主導し
て、研究成果も原則として大学側のものになる。これに対して、企業側が大学
の設備や人材を活用しながら研究をリードできるのが、この講座の特徴。特許
などの研究成果が生まれれば、大学と企業が折半する。学内に研究拠点をおけ
るので、単なる共同研究より緊密で長期的な研究が可能だ。

 今回の3講座は、以前からの共同研究相手の大学教員をパートナーにしたが、
新たに研究テーマを模索する動きもある。ダイキンでは昨年9月、研究テーマ
発掘のために「フッ素の限りない可能性に迫る」と題したフォーラムを学内で
開催。集まった大学教員らと意見交換をし、終了後には場所を変えて懇親会。
こうした中から動き出した実験もある。

 一方、大学側には研究資金が確保できるという利点がある。「大学が企業の
ための研究をするのか」との批判もあるが、豊田政男・阪大工学研究科長は
「研究をいかに社会に役立てるかは企業の得意分野。大学側は自由な発想で研
究を進め、企業が実用化につなげるという互いの役割を意識した関係が築けれ
ば、大学が企業の下請けになるという批判は当たらない」と語る。

 さらに2社が講座設立準備をしているという。