『毎日新聞』鳥取版 2006年9月20日付

愛国心:どうなる日本−私の視点/9 「わざわざ口にしなくても心得ている」
 /鳥取

 ◆漫画家・水木しげるさん(84)

 ◇国には都合のいい言葉−−子どもに教える必要ない

 「愛国心」は後世の為政者や批評家が使った言葉で、外国語を翻訳したよう
な感じを受ける。軍隊ではみな「大和魂」などと言い、使わなかった。生まれ
た所を愛する気持ちは誰でも無意識にあるが、私にとって愛国心というのは
「日本(国)を護(まも)る」と同じで、国民をまとめるのに都合がいい言葉
だと感じる。

 小学生の時は教練、教練だったものの、特に愛国教育を受けた記憶はない。
ただ、学校の敷地に天皇陛下をあがめるほこらがあり、写真に朝夕最敬礼させ
られた。しないと先生に怒られるから従ったが、今から思えば訳が分からず本
当にひどいものだった。

 17歳の時、美大の受験資格を得ようと大阪の園芸学校を受験した。けれど
「卒業後は農民として国家に尽くすか」と問われ、「いえ、絵描きになる」と
答えたので、不合格にただ一人なった。“お国のため(自分を犠牲にする)”
という愛国心を感じたことがあるかと問われれば、ない。

 早く美術学校に行かないと徴兵されると思い、夜間中学部に進学したが、2
0歳の時に赤紙が来た。岐阜連隊の補充兵として激戦地のラバウルに赴いてい
たある日、米軍の見張りを任されて双眼鏡をのぞいていた。色鮮やかなオウム
に見とれていたが、その間に後方の部隊が全滅した。死と隣り合わせだった。

 国の命令なので危険な目にも遭ったが、後に戦争体験を描いた戦記漫画『総
員玉砕せよ!』では、悪化する戦況に苦しむ軍人に「わたしはなんでこのよう
な つらいつとめをせにゃならぬ」と歌わせた。今も私は、あの戦争は必要な
かったと思う。遠く離れた地を攻めるなんて行き過ぎだ。

 本当に過酷だったから、ただ経験を基に事実を書いただけでも読み物になっ
た。あんな状況では、国を守るよりもみな、自分を守ることで精いっぱい。愛
国心なんて感じる余裕もなかったし、誰かが口にしたのを聞いたこともない。

 それよりも陣営で夜、あまりに疲れて肥だめに落ちたことが深刻だった。す
ねまで埋まってなかなか抜けず、やっと抜いたはいいが、「士官に見つかった
ら」と心配で……。どこにでも水があるわけではないから、飯おけで洗い、ほっ
としたものだ。

 空爆で左腕を失い、ラバウルの野戦病院にいた時、現地のトライ族と知り合
い、「カンデレ」という概念を教わった。たとえ敵の日本軍でも友人関係を一
度誓えば、国や人種に関係なくピンチに助け合うという関係で、この考え方が
理想だと思った。

 今になって、子どもたちに愛国心を教えるという。賛成しない。子どもは叫
ばれても聞かないし、意味が分からないだろう。わざわざ口にしなくても、生
まれた所を大事に思う気持ちは自然に育ち、みな心得ている。子どもたちは学
校など、身近なことだけ知っていれば、それで十分である。【聞き手・松本杏】

  ◇  ◇  ◇

 教育基本法の改正問題などを巡り、盛んに議論された「愛国心」。毎日新聞
鳥取支局は、県内の学生400人を対象にしたアンケート調査を行って若い世
代の意識を探り、識者の見方を紹介してきた。今回からは、「愛国心」をどう
とらえ、考えているのか、県内を中心に活躍する人たちに聞いた。

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 ■人物略歴
 ◇みずき・しげる
 太平洋戦争時、激戦地のラバウルに出征し、爆撃で左腕を負傷。40代で人
気漫画家となり、代表作は「ゲゲゲの鬼太郎」「河童の三平」など。「日本妖
怪大全」ほか著書多数。故郷の境港市に03年、記念館が開館した。