『毎日新聞』鳥取版 2006年9月14日付

愛国心:学生調査−私の視点/7 「法制化は許されない」 /鳥取

 ◇愛国心に関する著書があるジャーナリスト・斎藤貴男さん(48)
 ◇戦争のない“愛される国”に


 想像していたのよりは穏当な結果で、少しだけホッとした。首相の靖国参拝
が、特に若い層に支持されているらしい現象に照らせば、鳥取の学生はまだし
も思慮深いと言うべきか。

 設問がやや雑ぱくな印象を受ける。そもそも愛国心とは何なのか。統治機構
への服従に必ずしも直結しない思いにこの表現を充ててよいのだとすれば、愛
郷心との違いはどこにあるのか。

 いや、それは質問する側の責任ばかりではない。愛国心にも愛郷心にも絶対
的な定義などなく、個人一人一人の心のうちに、そこはかとなくある、あるい
はない、そのようなものなのだと、私は思う。

 法律に盛り込むなどという野暮(やぼ)は、したがって許されるべきではな
い。法制化されたら最後、愛国心の「国」とは統治機構すなわち政府以外の何
物でもなくなってしまうのであって、そのまま権力者による国民支配の道具に
変質していく道筋が、火を見るよりも明らかだ。

 魅力の乏しい薄気味の悪い男が、女性を追いかけまわして愛を強要するストー
カーの図。教育基本法に規定されれば学習指導要領に明記されるのは必定で、
とすればその実践を形にしなければならない各地の教育委員会はまず間違いな
く、通知表の項目に「愛国心」を加えることになるだろう。

 かくて「愛国心」は評価の対象とされていく。内申書にもかかわってくる。
こんなことが原因で受験に失敗したくない子どもたちは、とりあえず国に恭順
の姿勢を示しておこうと考える――。

 法制化の是非に反対の回答が6割近くを占めたのも当然である。国会でも論
壇でも、むやみに勇ましい“軍国の母”志願が急増しているかに見える昨今、
「愛国心を感じたことは」と「愛国心は国民に必要か」の設問に対して、男子
学生よりも肯定的に受け止めているらしい女子学生たちには一瞬、当惑させら
れた。しかし、教育基本法への規定に反対し、規定されれば「社会は悪くなる」
との反応に、彼女らの真意が込められているようで、うれしくなった。

 女性の回答にこだわりたくなるのは、この問題がすぐれて想像力、イマジネー
ションの程度にかかわってくるからだ。愛国心が法制化された暁に懸念される
のは戦争だが、戦争で最も被害を受けるのは女性である。自衛隊が米軍の一部
となって海外で展開されていく戦争においては、被害を受けるのは日本の女性
ではなく相手側の女性たちということになろうが、同性の痛みも想像できなく
なってしまっているようなら、もはや手遅れと嘆くしかないところだった。

 愛国心とは、どこまでも個人の内面に帰属するものである。その大前提を共
有した上で、大切なのは、“愛される国”づくりをみんなで目指すことだと強
調したい。アメリカのかいらい、と言って悪ければ人間の尊厳や生命を踏みに
じって多国籍企業と一握りの“勝ち組”だけが何もかも独占するようなバカげ
た世の中を築きつつある自称リーダーたちに、一方的に愛を強いられる義理な
ど断じてない。
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 アンケートは7月、鳥取大と鳥取環境大の学生各200人に行い、18〜2
6歳の331人(男175人、女156人)が回答した。回収率は83%で集
計結果は6日から随時掲載。