『毎日新聞』鳥取版 2006年9月13日付

愛国心:学生調査−私の視点/6 「国の概念強要するな」 /鳥取

 ◇戦時教育史に詳しい児童文学作家・山中恒さん(75)
 ◇思い出す暴力的しつけ

 調査の対象が県内の大学生400人ということで、調査結果は若者全体の意
見と見なすわけにはいかないものの、全体として学生たちが愛国心問題をきわ
めて冷静に受け止めていることが読み取れる。

 「愛国心を感じたことがあるか」の質問に対しては、「ある」と答えた学生
のうち、「スポーツ・イベントを見た時」というのが、きわめて高かった。こ
れは自然の感情であって、無理からぬものがある。いくらなんでも、自国のチー
ムや選手の敗北を期待して、観戦に行くとしたら、それはへそ曲がりで、論外
である。

 2番目として「学術・文化で日本人が高い評価を得た時」が挙げられている
が、愛国心というよりは日本人に誇りを感じたということかもしれない。気を
つけなければならないのは、同胞イコール国という概念の押しつけである。つ
まり、高い評価を受けた個人、活躍した小グループへの賞賛としての誇りであっ
て、国の概念の強要はいただけない。

 私は昭和初期の戦時下に初等学校教育で暴力的に愛国心を注入された、いわ
ゆる「少国民世代」であるから、愛国心の教育というと、たちまちあの時代の
「錬成」という名の暴力的しつけを思い出す。もっとも、この時代の愛国心と
は天皇に対する忠誠心のことだった。国というのは、現人神(あらひとがみ)
の天皇を絶対とする、世界無比の国柄のことで、国は天皇と同意義でもあった。
だから、「国のために死ぬ」ということは「天皇陛下のために死ぬ」というこ
とと同意義であった。

 それだけに現在、教育基本法に「愛国心」を規定しようとする国の中枢にい
る人たちの考える愛国心の対象、もしくは中心に何を据えたがっているのか知
りたいところである。

 「愛国心を教育基本法に規定すると……」との質問に、社会は「悪くなる」
という回答が「良くなる」を圧倒的に上回っているのは、既に「日の丸・君が
代」の押しつけの実態を見ているからであろうか。

 暴走する国の権力に抵抗することも愛国心であろうが、戦時下は自らの愛国
心のために生きることすら許されなかった。そんな歴史的な事実を少しずつで
も学んでいるからであろうかとも思うが、「愛国心を規定すること」について
は「反対」がさらに増える。

 しかし、愛国心と愛郷心の違いについては、「はい=違う」という回答が多
い。ここは彼らの間でも、大いに議論してほしいところである。

 「これまで愛国心を教わったか」について、「いいえ」の割合が圧倒的に高
いのは、それでも自然発生的に「愛国心らしきもの」が芽生えることを示して
いて興味深い。これを踏まえた上で、改めて「愛国心とは何か」も論議すべき
であろう。

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 アンケートは7月、鳥取大と鳥取環境大の学生各200人に行い、18〜2
6歳の331人(男175人、女156人)が回答した。回収率は83%。6
日から随時掲載した結果を識者はどう見るのか紹介する。
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 ■ことば
 ◇少国民
 年少の国民という意味の言葉。第二次世界大戦中、少年少女を指して使われ、
特に国民学校と呼んだ初級学校の生徒たちを指した。昭和ひとけたに生まれた
世代を「少国民」世代と呼んだ時期もあった。