■■■教育基本法の改正に関する再度の会長声明 ■■■
             (2006.08.30)

1.先の国会において教育基本法の改正に関する政府及び民主党の法案が提出さ
れ、現在継続審議となっているが、政府与党は、9月末にも招集を予定してい
る臨時国会において、重要法案として改正法の成立を最優先課題として取り組
む方針を固めている。
 当会は、去る2004(平成16)年7月20日「教育基本法の改正に関す
る会長声明」を発しているところであるが、同声明と同様の観点に照らして検
討するに、当会としては、以下の理由により、政府及び民主党の両法案に反対
する。

2.教育基本法の理念
 教育基本法は、1947年(昭和22年)に、帝国憲法から日本国憲法への
民主的改革がなされたのと同時に、戦後教育の基本方針として成立した、文字
どおり、教育の「基本法」である。すなわち、教育基本法は、戦前の国家教育
に対する反省から、その前文に明記するとおり、憲法価値の「理想の実現は根
本において教育の力にまつべきもの」であるとの認識に立ち、「憲法の精神に
則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立する」ものとし
て、憲法が保障する教育の権利を実現するために定められた準憲法的な性格を
持つ教育法規の根本法であり、以後60年間にわたり営々と築き上げられた平
和的・民主的教育の原理を支えてきたのである。
 したがって、その改正の在り方は、憲法の理念と基本原理にも影響を与えか
ねない重大なものであるところ、憲法についてと同様に、広範かつ十分な国民
的議論をふまえた上で、全国民の代表者からなる国会において、議員間の自由
な討議による検討が行われるべきである。臨時国会で早期に採決するようなこ
とがあれば、それは「まず改正ありき」との結論のみを先行させるものであっ
て、教育という国家百年の計を誤る結果となりかねない。

3.改正の必要性がないこと
 政府は、「戦後、教育水準が向上し、生活が豊かになる一方で、都市化や少
子高齢化の進展などによって、教育を取り巻く環境は大きく変わ」ったこと、
「近年、子どものモラルや学ぶ意欲の低下、家庭や地域の教育力の低下などが
指摘されており、若者の雇用問題なども深刻化してい」ることなどを理由にし
て「このような中で、教育の根本にさかのぼった改革が求められて」いる、と
しているが、そもそも、指摘されているような事情が、事実として存在するの
か否かの検証すら、十分に行われたとは言い難い。
 また、仮にこれらの事実が存在するとしても、準憲法的性格を有する教育基
本法の改正には、これを必要たらしめる極めて重大な立法事実が求められると
ころ、これらの原因は、エリート養成のための偏差値教育に代表される我が国
の過当競争的な教育システム、もしくは政府が推し進めるところの格差社会を
助長する経済政策・社会政策の結果であって、現行の教育基本法に起因するも
のではないことは明白である。
 この点は、民主党が「我が国の教育現場は様々な問題に直面しています。す
なわち、人生のスタート段階における格差問題、いじめや不登校、学力低下の
問題、さらには昨今、小中学生をめぐる悲惨な事件も続発しています。」「こ
うした教育現場の問題を具体的に改善するため」としていることについても同
様である。
 以上によれば、現行の教育基本法を改正する必要性はなく、むしろ、先に述
べたような教育基本法の理念が実現されていないことこそ、問題とされるべき
である。

4.法案の内容
 いずれの法案についても、以下のように、その内容において憲法の基本原理
と現行教育基本法の理念に反するとの指摘がなされている。
 i.まず、政府法案が、教育の目標として「伝統と文化を尊重し、それらをは
ぐくんできた我が国と郷土を愛する」「態度を養うこと」(第2条5号)を掲
げ、民主党案が「日本を愛する心を涵養し、祖先を敬い、子孫に想いをいたし、
伝統、文化、芸術を尊」ぶことを教育の使命としている(前文)ことについて
は、公教育の場において「国・日本を愛する」「態度」や「心」を押し付けて、
個人の内面価値にまで立ち入る結果を招き、内心の自由を保障する憲法19条
に抵触するおそれがある。
 ii.両法案がいずれも、現行法第10条1項の「教育は国民に対し直接に責任
を負って行われるべきものである」との文言を削除し、さらに民主党案におい
ては現行法の「教育は、不当な支配に服することなく」という文言をも削除し
ていることは、教育行政の独立性や合議制に基づく教育委員会制度を否定して
教育行政の政治的中立性を奪い、国家や行政の長による教育内容への介入を許
すものであって、「教育内容に対する国家的介入はできるだけ抑制的であるこ
とが要請される」と明示する旭川学力テスト事件最高裁判決にも反し、国民の
手から教育を奪い、国家がこれを主導せんとするものである。
 iii.両法案がいずれも第10条において、家庭・保護者の果たすべき役割や
責任について新たに規定している点は、本来私事である家庭教育に国家が介入
することを認めるものであり、親が教育に関して責務とともに権利を有してい
るとする国際準則に照らして疑問がある。
 iv.両法案がいずれも、現行法の男女共学の規程(第5条)を削除することと
している点は、男女共同参画社会を実現し、教育制度・教育課程になお存する
ジェンダー・バイアスの問題を払拭する観点から問題がある。

 以上のような指摘は、教育を受ける子どもやその保護者、その他国民の人権
擁護の見地及び憲法・現行教育基本法の理念と基本原理に照らし看過できない
重大なものである。当会としては両法案に反対し廃案を求めるものである。

                                 以上
2006(平成18)年8月30日
静岡県弁護士会
会長 興 津 哲 雄