『読売新聞』2006年8月20日付

大学発ベンチャー、増加の背景と課題


 大学での研究成果を元にビジネスを始める「大学発ベンチャー」の起業が増
えている。大学が持つ知的財産の有効活用への期待が高まり、教員や研究者と
産業・経済活動とのかかわりがより密接になる一方で、経営の難しさなどの課
題も指摘されている。

 ベンチャーの雄と呼ばれる堀場雅夫・堀場製作所最高顧問と、ベンチャー論
が専門の浜田康行・北海道大大学院教授が対談し、その現状と問題点について
語った。司会は北村行孝・読売新聞東京本社科学部長。(吉田典之)

 ――大学発ベンチャーが累計で1500社を超えたが、背景は何か。

 浜田 長らく不況が続き、大手企業は研究を手控えた。それで産業界の活力
が低下し、新しい創造性の源を大学に求めたことが一つ。国公立の大学も、独
立法人化で大学の発信力や魅力をアピールする必要が出てきた。

 ――ベンチャー起業に加え、産学連携も盛んになっている。

 浜田 これまでは大学の知的財産が「流出」するばかりだったが、技術移転
機関が間に入って特許や技術供与などの管理を行うようになってきたことで、
勢いがついている。

 堀場 産学連携もベンチャーの一つだ。産学連携は、実は昔からあった。明
治時代に大学が各地に作られたのは、技術立国を目指し、地域で経済や産業を
担う人材を育成するため。その原点が見直されている。

 ――大学発ベンチャーは増えたが課題も出始めている。

 浜田 事業の中身よりも、「何社設立した」といった形式的な達成度を求め
る風潮を懸念している。

 堀場 本当に自立しているのか、それとも大学や支援企業から助けを借りた
「人工心肺」のお陰なのか、その実質が問題だ。

 浜田 経産省の調査では、上場して株式公開を目指しているのは半数程度に
過ぎない。これは、「起業した企業は自分のもの」と思い込んでいるからだろ
う。税金の支援も受けていることだし、「企業は公共のもの」という意識を持っ
てほしい。

 ――大学の研究者に経営が務まるのか。

 堀場 教授と社長に求められる資質は違う。経営経験のない大学人が、一回
の失敗で懲りてしまうのが怖い。今の日本では、「七転び八起き」ではなく
「一転びアウト」だからだ。

 浜田 米国や中国で教員が起業した多くの例を見ると、経営は専門家に任せ、
研究者は技術担当責任者となるのがよいように思う。

 ――早稲田大学では、教授が研究費を不正受給する事件が発覚した。

 堀場 投資信託のような私的流用を疑われる使い方はよくないが、裁量の幅
をもう少し広げれば、変な流用は減るのではないか。一方で、最近の大学教授
は名誉や恥を知らなくなったという問題はあるのだが……。

 浜田 理系の教員は、財務の重要性を軽く考える傾向があるようだ。それで
はいけない。

 ――大学発ベンチャーが健全に育っていくために何が必要か。

 浜田 ベンチャーが、まだ大学内で十分に認められていない。ベンチャーは、
大学の活性化や世界の諸問題の解決に貢献できること、その志や哲学を、もっ
と強調する必要がある。

 堀場 ベンチャー魂とは、未来に向かって歩いていくことだ。リスクはある
が、自己実現を求める人にとって、ベンチャービジネスは非常に魅力のある選
択肢だと訴えたい。

 「公共のもの」認識を=浜田 康行氏

 北海道大大学院経済学研究科教授。東北大大学院博士課程修了。中小企業論、
ベンチャーキャピタル論などを研究。京都大寄付講座教授、北海道TLO取締
役など。58歳。

 自己実現には魅力的=堀場 雅夫氏

 堀場製作所最高顧問。京都帝国大理学部卒。在学中の1945年に同社前身
の堀場無線研究所を創業。53年堀場製作所設立。「おもしろおかしく」が社
是。京都高度技術研究所最高顧問など。81歳。

 大学発ベンチャー

 大学で達成された研究成果や新技術、特許を元にして設立された企業や、大
学や教員、学生などが設立にかかわった企業など。経済産業省は2001年に
「大学発ベンチャー1000社創出計画」を発表、起業数は今年3月末までの
累計で1503社に達した。読売新聞社などでは11月10、11日に「全国
大学発ベンチャー北海道フォーラム」を札幌で開催、この成果と課題を議論す
る。