『読売ウィークリー』2006年8月13日付

東大病院改革の黒子はソニー出身

 東大病院が、テレビや映画の撮影ロケとして頻繁に使われている。閉鎖的な
「白い巨塔」のイメージを払拭し、親近感をアピールしようとしているのがう
かがえる。東大病院に何が起きているのか----。本誌 石塚公康/撮影 中山
博敬

 「87%」(日本テレビ系)、「1リットルの涙」(フジテレビ系)……。この
テレビドラマの共通点は何か? いずれも昨年、東京大学医学部付属病院、つ
まり東大病院でロケを行って放送した民放番組なのだ。

 「ドラマやドキュメンタリー、健康番組など、年間500件ぐらいの申し込みが
あります。すべてを受け入れるわけではありませんが、それでも、日によって
は3、4件の収録があります」

 と、広報企画部長の竹本国夫さん(38)が話す。竹本さんこそ、院内施設を
ロケ地として無料貸し出しを始めた仕掛け人だ。

 企業に広報セクションがあるのは当たり前だが、大学病院で自前の広報は極
めて珍しい。竹本さんは、ソニーの出身。広報、財務畑を経て、自ら望んでロ
ボット「AIBO」のチームに移籍。ゼロからスタートし、日本や欧州で市場の開
拓に成功した。

 その後、マサチューセッツ工科大(MIT)のビジネススクールに留学。留学中
に多くの医師と知り合い、海外の病院の実情を知るにつれ、医療に興味を抱く
ようになる。

 帰国後、ソニーのCEO室に勤務していた2004年秋、その手腕を人づてに聞いた
東大病院の大江和彦副院長(当時)から突然、ヘッドハンティングを受けた。

 「東大病院のブランド力を高めるため、広報部門を立ち上げたい。手伝って
くれないか」と。こうして東大、いや日本の大学病院で初の広報部長が誕生し
た。

「眠れる獅子」が動く

 実は、その年の春、全国の国立大学は独立法人に移行。国が面倒をみてくれ
ていた大学病院も、全額ではないとはいえ、自力で稼がなくてはならなくなっ
た。

 東大病院の2004年度の外来患者は延べ約74万人、入院患者は延べ約39万人と、
いずれも国立大学病院ではトップだ。しかし、都内には慶応大や東京女子医大
など、診療体制の充実した私大病院や総合病院もあり、全国一の病院激戦区で
ある。ともすれば、東大病院は「研究志向」とみられ、患者から敬遠されてき
た。そこに法人化の波。ようやく東大病院も、永井良三院長のリーダーシップ
のもと、次々と改革に着手しているのだ。

 モットーの一つは、「患者様中心の医療」。昨今の医療で大きくクローズアッ
プされている患者本位の考え方を改めて打ち出したわけだ。待ち時間の長さが
つきものの外来診療では、今年7月、全診療科で、患者一人一人の診療予約時間
をきめ細かく設定し、待ち時間の大幅な短縮を実現した。

 また、病棟では入院患者への看護体制を手厚くするため、看護師の増員を計
画。医療ミスの防止を図るため、職員に医療安全教育も実施している。患者へ
薬剤投与ミスを防ぐため、バーコードを利用した最新システムも導入する予定
だ。

 こうしたソフト面での改革に加え、ハード面でも9月には、中央診療棟IIが完
成し、「22世紀医療センター」などが入居する。

 「ついに『眠れる獅子』が動き出した」と、医療関係者の間で注目を集め出
しているのだ。

ためらう執行部を説得

 しかし、そうした改革も外部へ発信しなければ、十分な効果は期待できない。

 「開かれた病院を目指し、情報発信していくことが、私たちの部に与えられ
た役割でした」(竹本さん)

 ところが、広報企画部が発足しても、当初の職員は竹本さんのみ。まずは、
ひとりで病院のホームページ作成から取り掛かった。

 そんな折、テレビ局から、

 「院内で撮影したい」

 と、依頼が舞い込んだ。竹本さんは、ソニー時代に英国BBC放送のトレンディー
ドラマにAIBOを出演させ、さりげなく宣伝したことがある。その手法を東大病
院でもやってみようと思い立った。

 しかし、院長や副院長らで構成する執行部の会議では、

 「大丈夫か」

 「診療の邪魔にならないか」

 と、慎重な意見が相次いだ。

 執行部のメンバーの中では最も若い竹本さんだが、

 「問題があったら、次回以降止めますから」

 と、全責任を負う形でOKが出た。

 撮影場所は、屋外だったり、東大にしかないような最新の医療施設だったり、
さまざま。必ず広報企画部員が立ち会うことで、患者のプライバシーを守り、
診療の邪魔にならないよう注意を払う。また、ロケに対する院内の不安解消を
図るため、全職員に対し、事前に撮影場所などをメールで配信するようにした。

 それにつれて、ドラマの医事監修や、健康番組への出演を引き受ける医師も
増えてきた。医事監修では、台本のチェックだけでなく、スタジオでの撮影に
も立ち会っている。

 「広報企画部が間に入ることで、安心して応じる先生が増えました。先生た
ちに、外の風に触れてもらうよい機会になっています」(竹本さん)

 慶応大とMITで経営学を学んだ竹本さんにとっては、東大も大学病院も初体験。

 「実際に中へ入ってみると、出身大学に関係なく、よいものを取り入れてい
こうとする精神が強い。やはり東大はすごい」

 と、竹本さんは言う。

 「東大病院が変われば、日本の医療に大きな影響を与えることができると信
じています。そのためにも、民間で蓄えた発想を生かしたいですね」

 とも。目を覚ました「獅子」がどうなるか。医療の質も伴う患者本位の病
院----多くの患者がその行方に注視している。