『読売新聞』2006年7月29日付

[解説]医学部の「地域枠」急増
地方の医師不足解消策 定着には課題


 地方の医師不足を解消しようと、医学部の推薦入試に、地元高校出身者など
に受験者を限定した「地域枠」を設ける大学が急増している。(地方部 上田
詔子)

 今年度の入試で、秋田大や宮崎大など9校が新たに地域枠を設け、導入校は
前年度の7校(募集人数56人)から16校(同121人)へと、一気に倍以
上に増えた。来年度はさらに3校が新設するほか、4校が募集枠を拡大する。

 厚生労働省によると、医療に従事する医師は、年4000人のペースで増え
ており、人口10万人当たりの医師数は、ほぼすべての都道府県で増加してい
る。しかし、大都市圏と地方との医師数の格差は大きく、政令市は全国平均の
1・25倍、東京都区部では1・53倍にもなる。さらに地方では、県庁所在
地などの都市部と町村部で医師の偏在化が深刻化している。

 医学部には、都市部から学生が集まる傾向が強い。医学部のある国公私立7
9校で、地元出身者は3割程度。さらに卒業から10年後、大学のある都道府
県に残る割合は、地元出身者が78%なのに対し、地元以外は40%に過ぎな
い。

 こうした事情から、「地域枠」への期待は大きい。しかし、地域枠で入学し
ても地元に残る義務はなく、“残留率”を上げるためには、さらに工夫が求め
られる。

 その一つとして、厚労省の「医師の需給に関する検討会」は28日、地域枠
と組み合わせた奨学金制度を推進すべきだという報告書をまとめた。奨学金の
返済免除と引き換えに、地元医療機関で一定期間勤務してもらい、医師を確保
しようという狙い。すでに秋田、鳥取など5県が同種の制度を設けている。

 しかし、「貸与期間と同期間、県立病院に勤務する」とした奨学金制度を5
0年以上運営している岩手県では、金を返納して他の病院へ行くなどした学生
が3割に上る。また、期間終了後は拘束力がなく、定着率を上げる決め手には
なっていない。

 一方、地方を志す医師を増やすため、新たな医学部教育を模索する動きも出
ている。「特定分野に精通した教授に学んだ学生は、専門医になりたがる。一
人で内科全般を診るような病院に行っても続かない」(小山田恵・全国自治体
病院協議会会長)という現状を踏まえてのことだ。

 島根大では昨年度、家庭医養成に実績のある米国の大学に指導医らを派遣し、
地域医療教育の改革を目指すとともに、学生の意欲向上を図るプログラムをス
タートさせた。小林祥泰(しょうたい)・医学部付属病院長は、「大学の教育
は、病気ばかりをみて患者と向き合ってこなかった。自分の意思で地域医療を
志すような教育が必要だ」と狙いを話す。

 こうした課題に挑む大学はほかにもあり、弘前大や新潟大は、地域医療を支
援する組織を大学病院内に設置。長崎大や鹿児島大では、離島医療を専門に扱
う講座を開設した。また、福島県立医科大では昨年度から、学生や研修医らが
地域にホームステイしながら医療研修を行っている。

 医師の地域的偏在を解消するための取り組みは、緒に就いたばかり。医師と
して一人前になるには大学入学から10年程度はかかるとされ、成果は未知数
だが、大学と自治体には、知恵を絞った継続的な努力が求められている。