『毎日新聞』2006年6月26日付 大学淘汰:関係者、読者から多数の反響 現状と今後、3人の識者に聞く <新教育の森> ■売り出せ「個性」・集めよ「学生」 大学とは何か。「学問の府」「高校までの勉強をやり直す場所」「就職予備 校」−−。18歳人口の減少で、大学・短大への進学希望者数と総定員が等し くなる「大学全入時代」が07年春、ついに到来する。少子化への歯止めはか からず、08年以降は「大学過剰時代」に入る。そんな状況に危機感を深める 大学と、高等教育の大きな変質を描いた連載「大学淘汰(とうた)」(6月5〜 10日)に、大学関係者や読者から多数の反響が寄せられた。大学の現状と今 後を3人の識者に聞いた。【構成・井上英介】 ◇専門学校化を痛感−−小田垣孝・九州大理学部長 連載を読んで、大学の専門学校化が始まっていると実感した。大学の社会的 な定義それ自体が変わってきているのだと思わざるを得ない。私が学生だった 60年代は、学園紛争でいろいろ批判はあったが「大学は学問の府であるべき だ」という認識は共有されていた。現状を見ると「学問の府」もやがて死語に なるのではないか、と危惧(きぐ)する。 私立に比べ国立大はまだ恵まれている。それでも04年の大学法人化以降 「生き残るために特色を出さねば」という強迫観念は強まっている。「ブラン ド化」を合言葉に、多くの国立大が特定の研究分野を強化している。だが、ブ ランドの優劣にばかりこだわれば、日本の科学技術を支える地道な基礎研究や 大学本来の教育がなおざりになる恐れがある。目新しい取り組みのみを奨励す る文部科学省の姿勢も問題だ。 連載の冒頭に学生の基礎学力不足が取り上げられているが、学習意欲の低下 も深刻だ。九州大でも、学生による授業評価で「しゃべったことをすべて板書 してほしい」という意見があった。小中高と“至れり尽くせり”のプリントで 育ってきたのか、ノートを取る技術も自ら学ぶという意欲もかなり低下してい る。 大学は、本来自らの手で学生を育てるところであろう。それぞれに学風があ り、高等教育は全体として多様な人材を育ててきた。だが、講座を丸投げ(外 部委託)する大学も増えている。過度のアウトソーシングで規格化された学生 を大量に送り出せば、社会の活力は失われかねない。 社会の健全な発展のためにも大学は政治や経済と適切な距離を保ち、批判的 に物を言う役割を放棄すべきでない。企業向けの人材育成を意識して実用的知 識を偏重する現状は嘆かわしい。(談) ◇教育の中身で勝負−−亀井信明・高等教育総合研究所社長 昨春、入学者数が募集定員の7割に達しなかった大学は52に上った。3割 超の定員割れは経営を確実に圧迫する。大学入学者は今後5年間でさらに10 万人程度減少する。定員割れが深刻な大学はさらに増えるだろう。 こうしたなか、受験者数や合格者数など入試の基本データを公表しない大学 が増えつつある。昨春入試については31大学が非公表だ。人気低迷や厳しい 経営事情を知られたくないのだろうが、受験生に不利益をもたらしかねない。 税金(私学助成金)をもらう立場でいかがなものだろう。 少子化対策として、多様な選抜方式を用意し、間口を広げることで学生を集 めようとする大学が多い。募集枠を細分化して、センター試験を課したり、A O(自己推薦)入試を取り入れたりと、苦心している。だが、それは小手先の テクニックに過ぎず、見かけ上の競争倍率を上げても、受験者の実数を増やせ るかは疑問だ。 このところ実際の教育の中身で勝負しようという大学が増えている。高校の 進路指導教諭も、ブランド力や卒業生の就職率(あまり当てにならない)より、 導入教育や担任制など学生個々へのケアやカリキュラムの充実度に注目し始め ている。とてもいい傾向だ。 この流れが加速すれば、ブランド力にあぐらをかく大きな大学は安閑として いられない。教授会がまとまらず、学生の面倒見もよくない大規模校より、小 回りのきく小さな大学の方が有利であるケースも多い。ダイエーや西友が行き 詰まる時代だ。教育界でも「スケールメリット」の有効性は失われつつある。 団塊世代が新たな市場になりつつあるが、期待するほどではないだろう。む しろニートやフリーターを取り込むことを考えるべきだ。(談) ◇生涯学習に対応を−−徳永保・文部科学省高等教育局審議官 大学はかつて「レジャーランド」などと揶揄(やゆ)されたこともあったが、 今回の連載で紹介されたさまざまな工夫や努力は、少子化時代を迎え、各大学 が必死になって教育の充実に取り組んでいることの表れと考える。講義内容も 「教官が教えたいこと」から「学生が学びたいこと」に変わりつつあることが うかがえた。それ自体は歓迎すべきことだ。しかし、大学の“顧客”は18歳 前後の若者だけではないはずだ。 IT(情報技術)や英語に代表されるように、社会で必要とされる知識や技 能は爆発的な勢いで増えている。学生時代に学んだことも社会に出て働くうち にたちまち色あせ、古びてしまう。大学に一時的に戻り、知識・技能を更新し ようと考える社会人は多い。そこに高等教育の新たな役割があるのではないか。 専門職大学院はおおむね盛況だ。 大学の開設や学部の新増設について、04年に規制を緩め、準則主義(必要 な条件を満たせば原則許可する)に転換した。一方で、事後評価制度を導入し て全体としての大学の質を公的に保証するシステムを整備した。ただ、公的シ ステムもさることながら、大学自身の努力がなければ質は向上しない。 連載で描かれているリメディアル教育(学生向けのやり直し教育)やキャリ ア教育も、高等教育を本来構成するものと考えているが、それだけだというな ら不十分だ。大学には学生の人間力を高める見えないパワーがある。カリキュ ラムの外見だけではなかなか測れない。その源泉は、学生がじっくり腰を落ち 着けて学ぶキャンパスや充実した課外活動、教員たちが相互評価で教育水準を 保つ自律性などにある。 そんなパワーを維持しつつ、生涯学習時代の新たなニーズに応える開かれた 大学づくりが求められている。(談) ============== ■人物略歴 ◇おだがき・たかし 1945年生まれ。京都大理学部卒。京都工芸繊維大教授、九州大理学部教 授を経て現職。理論物理学。 ============== ■人物略歴 ◇かめい・のぶあき 1950年生まれ。東洋大文学部卒。河合塾教務本部長などを経て、コンサ ルタント会社を01年設立。 ============== ■人物略歴 ◇とくなが・たもつ 1952年生まれ。東京大法学部卒。76年入省、北九州市教育長、大臣官 房会計課長などを経て現職。 |